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ワークシェアリング

 ワークシェアリングという言葉が財界から出てきた。労働時間を短くし余った労働を他の労働者に回して支えあうのがワークシェアリング、とてもよい制度に見える。いいのかもしれない。
でも財界側の発言のウラも感じながら仕事を分け合うことをしなければ正規社員ないしまだ契約を打ち切られていない労働者の分け前の分配のみに終わってしまう。

 企業のコスト面から見ると、今在職している従業員への分け前から別の従業員へ回すのだから、人数が多くなって若干管理費用は掛かるにしてもそれほどの出費は要らないものと思われる。つまり考えようによっては、他人の褌で相撲を取っているようなものだ。他人の痛みだけで自分=企業は痛まないという理不尽さも垣間見える。

 そのことが多くの人の雇用を守ることになるとの意見を全て否定するものではない。しかし、しかしだ大幅な利益を挙げた期間にその一部でも働く者に還元しただろうか。生活をさせてあげただけにしか感じられない。利益を吸うだけ吸って不況になると働く者を放り出し、社会にその後始末をさせる、これが企業の責任だろうか。

 その企業行動が正しければ好況時には会社が痛みを感じるほど分け前を分捕っておかねば労働者は割に合わないことになる。この不況時だからこそこれまでの分け前を要求すべきである。

 ワークシェアリングという響きの良い言葉のウラを考えて、ワークシェアリングするにしても、同一労働同一賃金の原則の要求を貫くべきだ。さらに今働いている労働者は労働時間は減っても得られる所得は従来どおり貰える様に要求すべきだ。

 それらの要求は働く者として当然の要求である。社会からの非難批判はあるだろうが、社会の常識というのは何処かの誰かが作り出すものだから最初からそれに飲まれることは無い。
せめて現在の労働費と物件費に含まれていた労働者の賃金んぼ合計額より多くの人件費を引き出すように頑張るべきだ。

 これからの交渉の報道を注視していこう。
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