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六月

 六月、戦争回顧の時期になりました。
私は八月の高校野球の熱戦が続く頃戦争の話がヤマトの新聞を賑わすのにピンとこなかった。ウチナーとヤマトは戦争に対する鎮魂、想い、平和などに対して考える時期のズレがあるのです、。

 オキナワ戦で事実上組織的戦闘が終わったのが6月23日なのでその日を慰霊の日として記念し官公庁は休日となっている。官公庁というのは県関係の部署です。
20年ほど前地方自治法が改正されて、県段階で休日を作ることが出来なくなった。復帰以前から6月23日を慰霊の日として休日になっていた沖縄県は復帰後も休日としていた、県独自の休日である。それが認められなくなった、時の県知事は止むを得ないとの発言をしたため次の三選を掛けた選挙で落選した。それだけが原因とは言えないけど大きな争点となった。後日ヤマト政府も沖縄県の実情を無視することが出来ず県としての休日が存続することになった。
先日の教科書検定問題でも然り、与党とか野党、保守とか革新とかを乗り越えるのが「沖縄戦」です。

 8月15日とは約2ヶ月違う。日本軍上層部の無責任な行動、つまり敗北したのに敗戦処理を考えず自らはカッコウ付けて自決した長参謀長、牛島中将はサイコーの無責任オトコである。こんな無責任な行為があるか!
最後まで壕に籠り作戦を練っていたのだろうが、たぶん打つ手は無かっただろう。破れかぶれの突撃を命令しても自分は出撃せず死に際の事を考えていたのか。今風に言えば引きこもりヤローといいうところか。
その頃アメリカ軍の司令官バックナー中将は戦死している、前線視察中に死んだのだ。敵の司令官は戦死で友軍の司令官は壕内で自決、この差がたまらなくイヤだ。

 組織が機能しなくなったときの混乱を考えなかったのか。
世に知られる"ひめゆり部隊”の悲劇はオキナワ戦終結後のことです。的確なる指示があればあたら命を無くさず戦後の復興に役立ったものを。その機会すら奪ってしまった。
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