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記念誌

 3人目の孫が生後10日ほどで熱と咳が出るので夜明けに救急へ言ったら即入院となってしまった。
嫁が家の事をあれこれ済ます時間だけ私が交代して赤ちゃんに付き添った。

 ミルクを飲ましてオムツを交換するだけで、あやす必要が無いので新生児はラクだ。時間があるので記念誌を読み直した。
斜め読みではなく熟読したら気になる箇所が出てきた。

夏の思い出(チンネでの墜落事故等々) 久保さんが書かれたものの中に
昭和40年8月2日
 朝食後、2年以上の5パーティ10名が一斉にチンネに取り付く。
 左稜線=楢崎・吉永パーティ、左下カンテ=森本・久保、中央チムニー=米須・白石、山元・前波、坂上・篠崎

いや当日はその組合わせで登ったので合っている、その通りなんですが、しかし上半部を書いていないのに不満がある。

 下半で左稜線なら上半も左稜線だろう、下半で左下カンテなら上半は左方カンテかな、下半が中央チムニーなら上半はaバンドbクラックだろうと他人は思いがちである。

 中央チムニー組としてはヒジョーに面白くない。(笑)
言うておきますが、上半はhgかhクラックのムツカシイところを登ったのだからモウ・・。その証拠に墜落したのも気づかないほど(余裕が無くて必死だったとも言える。)緊張して登ったのだから。

 久保・森本組は中央バンドから巻いて降りたのだった、他の組もそうしたのがあったと記憶している。
私たちは事故のことを何も知らなかったので登攀を続けた。登り終えてチンネ頂上部の馬の背。ロバの耳のように切り立ったナイフの刃のような箇所を両手を水平にして歩いて渡っていると吉永が声を掛けてきた。

「ヨネっさん米須さん、降りてください、そっと降りてください。」と言う。
”この程度のところはダイジョーブ平気へいき。”と私。
しっかりした足場のあるところに来たとき
「下を見てください。」と遥か下の雪渓を指差す、そこには人溜まりがあった。
「さっき落ちたとですよ。」と様子を話した。

 久保さんは事故があって登攀を断念したので上半についてはアタマに無くカットしたのだろうが、世の中の人は私も中央チムニーだけのレベルで終わったように受け止めるだろう。
う~んザンネンだ。
この舌足らずの記述の穴埋めとして先日の新年会のときにもう一杯お酌してもらえば良かった。(笑)
この次の機会にはそうしてもらいます。

▲ # by nesu-pa | 2006-02-20 09:20 | 山 | Trackback | Comments(0)
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