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六月二十三日

魂魄の塔



 ジリジリと照り付ける太陽の下もう真夏だ、毎年この日はこのように暑い。
この暑さにセミの声すら聞こえない、それとも静かにして霊を慰めているのか。セミは大声で合唱した方が鎮魂に相応しい。
六月二十三日は慰霊の日です。

今年も「魂魄の塔」をお参りしてきました。沖縄戦の慰霊といえばこの魂魄の塔が原点であると考えている。珊瑚石灰岩を加工することなくそのまま2段に積み上げただけの土饅頭の形をした質素なもので、戦火に追われてこの地まで来て終戦を迎えた住民が遺骨を拾い集めて納めたのがこの魂魄の塔です。
遺骨蒐集を始めたのが真和志村民を中心とした人たちであったそうだ、今では那覇市と合併してその名称が消えてしまった真和志だが、私も小学生の頃まではその真和志村民だった。この辺りも魂魄の塔へ足を向かわせる要因になっているのかもしれない。

 花にお茶やアワモリ、タバコにお菓子類は飢えや渇きで死んだ人への悔恨の気持ちの現れでしょう。線香の煙の他にウチカビの煙も混じる、あの世で好きなものを買えるようにとの心づけである。火をつける年配の方、それを見守っているように老婆が車椅子に座っている光景は毎年のこととはいえ胸が熱くなる。

この熱き思いは胸に仕舞って置くだけだけでなく”平和"への運動の源にしたい。子供が小さい頃はこの日に合わせて連れて来た。孫を連れてきたこともある。この子たちに上手く受け継がれているのか。今年はいろいろあって私一人だけの参拝となった。

 沖縄戦を思い出すと高校の担任新垣秀雄先生のことも合わせて思い出す。先生が詠んだ歌集を開いてみた。私が大好きな歌は何処にあったかとページを捲ると次々と胸を打つ歌が目に飛び込んでくる。どれも先生の苦悩が刻まれた歌だ。
先生の教科生物は丸っきり頭に入っていない、生物の分類や雌しべオシベがアタマに残るよりも先生の戦争を憎む心を詠んだ歌を感動と怒りの気持ちで感じ取れる人になったので先生への恩返しができたと考えている。

ウチナーンチュなら読んで直ちに理解できるけど、ヤマトゥーには説明しないと通じない面があるだろう、その歯がゆさ・読み方の技法でグループ内で論争したこともあったそうだ。

 ※ 隊編成せざりし校長の英断に青年師範に慰霊の塔無し

一番ショックを覚えた歌です、意味を問うて尚感動しました。このリッパな校長は”シマブクロ”と覚えている、もっと賞賛されて然るべき人だと思う。
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ビーチパーリー

 ビーチパーリーとはビーチパーティのことです。
オキナワではそのように発音する人が多い。partyをアメリカーが発音するとパーティでは無くてパーリーに聞こえるからです。中学生の頃ボーイスカウトのキャンプを琉米合同で行なうことが度々あった、仲良しになったポ-ラと呼ぶアメリカのスカウトがいた。手帳に名前を書いてもらうとpoterと書いた、”t”は”ラ”と発音するのだと気づいた。
ついでに、店に入って水を注文する時はアイスワーラーと言う。イントネーションもウチナー風になっていてwoterをウォーターなんて言うことは無い、店ではワーラーである。

 子供の頃アメリカー達がビーチで肉を焼きビールをラッパ飲みするのを見て羨ましく眺めていた。高校生になってチキンの脚が大量に入ってきた、10数本入った箱が1ドルとチョットの金額だった。その箱を持って浜辺で焼いて食べた、ビーチパーリーの真似事だった。
就職してから牛肉が出回り、肉屋がBBQセットー鉄板、炭を入れる小さなドラム缶、アミなどーを貸し出すようになった。一挙にビーチパーリーが身近になった。

 夏になると土曜日の夕方浜辺ではBBQを楽しむ家族や職場、仲間たちが大勢繰り出す風景は珍しくなくなった。肉に野菜を味付けしたものを一人当たり千円分も注文すれば食べきれないほどの量があった、今はどうだろうか。上質な肉でも2千円は掛からないと思われる。ビーチパーリー文化は借り物・真似事から完全にウチナー文化となっている。

 昨日娘の会社関係のビーチパーティが開かれた。他所のテントと牛肉の焦げる臭いを競い、飲み且つ喰う楽しいひと時を過ごした。他のテントは一晩中、今日も肉を焼いて食べることだろうが、当方は8時ごろ撤収した。
この程度が適当だ、若い頃は仲間同士の家族で夜を徹したことも幾度となくあった。
夏の風物詩ビーチパーティの時節到来。肉もビールも美味しい、その上30度を越しているのに浜風が気持ちよく吹いていた。気持ちいい~
幸せいっぱいのビーチパーリーでした。

株は分からないもの

 日経平均が1週間ぶりに1万4千円を割り込んだとのニュースがあった。
私は何故1万4千円を維持していたのか不思議に思っていた、もっと下がって当然だと思うのに、なかなか下がらないのが不思議で理解できなかったので当然のことと考える。
株は分からない、分かっていれば金持になっているだろう、イヤもっとすっからかんになっていたかな。(笑)

 サブプライム問題がインターネットで配信され始めたのが昨年の始め頃だったか、一昨年のことだったか、その頃から日本もアブナイのじゃないかと思っていた。それから暫らくして大問題になった。マネーゲームに興じている人だけ影響を受ければいいけど、この金融資本主義の下では金に縁が無い者まで巻き添えを喰らう。それが理不尽と思うもどうしようも無い、ハラが立つが誰に八つ当たりしたらいいのか分からない。

 だいたい”何も無いモノ”実態が無いモノを売ったり買ったりしてボロ儲けするのがおかしい。何も無いのにあるが如く誤魔化す方策を考えたら、金融工学とかナンとかシステムとかの意味不明の名前を付けて持て囃す、持て囃したらその実体の無いモノの価格が上がり売ったり買ったりしていくうちにバケモノとなる、ホントに狂っている。

 ニューヨークでは又下がった、サブプライム問題の全容が解明されていないので当然だろう。アメリカがクシャミをするとニッポンが風邪を引くと言われた経済の体質は変わったのだろうか。むしろ依存症は深まっているハズなのに株価が連動して下がらないのは何故か、理由が分からない。
それに庶民のフトコロを温めないで景気回復を図る政財界の経済政策も理解できない。国内は収奪だけ、稼ぐのは外国と国を見捨てたのか。

テロ支援国家

 ライス長官が北朝鮮が核申告を正確に行なうことを前提にテロ支援国家の指定解除を行なうと明言した。ヒル次官の言動から予想されていたことだが、長官自ら発言したのは北との交渉が相当進んでいることを思わせる。

 核の不拡散という観点から見れば喜ばしいことだ。六ヶ国協議が始まってからもう何年になるだろうか、ようやく大きな前進が見られる。金総書記は今を潮時と見たのだろうか。次期大統領をマケインと見るかオバマとみるか、その予想結果とブッシュのどちらが有利に交渉できるか、今を外すとこの次の展開がどうなるかなどいろんな角度から検討したことだろう。でももう潮時、傍から見ているだけでも疲れる。
傍の者はともかく当事者は忍耐強い人だ、交渉はあの手この手、騙し騙されのテクニックを用いるのだろうけど私には真似が出来ない。とっくの昔に席を蹴っ飛ばしているだろう。

 あのような交渉には表のパイプに裏ルート、裏の裏など様々なルートがあり各段階で接触するだろうことは想像できる。ところで我がヤマト政府はどのようなルートが存在するのか。下人民に知れ渡るようなルートは碌なものでは無いにしてもホントに存在しているのかという疑問を持つ。このところ北と接触することすら批判される風潮があるのと、対北交渉の進展が丸っきり無いのでこのような疑問が出てくる。

 ライス長官の発言に対して政府は”緊密に連絡を取りあいながら・・・”なんてことを述べている。テロ支援国家の解除をして欲しく無いという本心が垣間見える発言だ。拉致問題を抱えているとはいえ核拡散と拉致問題を同格にいやそれ以上に扱うのは異常だ。国内的にはともかく国際的に通用する理屈だろうか。
拉致問題は二国間交渉を基本に外国の支持を得るべきだ。自ら交渉を閉ざして外国頼みすべきでは無い。

アメリカから巣立ちした外交をして見せろと言いたい。この件ではまだ書きたい。

ビールが美味い

こいのぼり


 死刑という重いお題の後に美味いビールの話ではチトふざけ過ぎの感がしないでもない。しかし今冷えて美味しいビールを飲んだばかりなので、罪深き人の苦悩もビールの泡と共に弾けたようだ。

 五月の節句はとっくに過ぎたのに我が家ではこいのぼりの棒が未だ立っており先っぽの矢車が毎日虚しく廻っていた。先だった土曜日はユッカヌ日だったのでオキナワでの子供の日も終わってしまい、これ以上言い訳がきかなくなったのでようやく片付けたのだ。それが大仕事で熱い日差しの中で屋上に上ったり降りたりしてようやく矢車を外した。
バンザ~イ、ひと段落したのでそ~っとビールで渇きを潤した。

 昨年まで使っていたこいのぼり用の竿が腐食して使い物にならなくなったので新しく買った。ところが私の注文時の言葉が悪かったのか届いた杉丸太は一人では扱えないほどの太さと重さなのだ。しょうがないので妻の力を借りてどうにか立てて、こいのぼりを泳がせた。あの苦労をまた繰り返すのかと思うと倒す気がせず放っておいた。しかし時期も過ぎこのままの状態では来年矢車が使えなくなるので、梅雨も明けたしボチボチやるかと意を決したのです。

 脚立、番線カッターなどの道具は揃っているので、やると決めたら”案ずるより生むが易し”でそれほど大袈裟な作業ではない。家族から「そんなことなら早くやれ」と叱られそうだが仕事は気分次第なのだ。
まっ、最後は娘の力ーホントに筋力ですーを借りて倒した。
来年のことを考えるとイヤになるけど、来年は来年でどうにかなるだろう。
杉丸太が枯れて軽くなるのを祈るのみ。

無期懲役

 昨日3名の死刑囚の刑が執行されたと報道されている。死刑廃止論が出ている中で今年だけでも何回目かになり、今の大臣になってから13名が絞首台に送られたことになる。
私は基本的に死刑反対だ。確固たる信念があってのことではなくて単に「死」というのに面と向き合うのがイヤなので反対するだけです。まあ殺すのも殺されるのもイヤというところです。

 先日の朝日新聞に死刑反対論者と賛成論者の意見があり、元刑務官の意見もありその方の意見が印象に残っている。死刑の代わりに”無期懲役刑”というのを新設しようとしているけど、仮出所無しの無期懲役刑の囚人の扱いで現場はタイヘン困難なことが起きるだろうとの論であった。一般囚人は日頃の行いを良くし一日でも早く仮出所出来るように規則を守っている、節度ある行動をとっている。しかし仮釈放が最初から閉ざされたら囚人は恐れるものが無い、懲罰が効かないので扱いが難しくなるとのことであった。
もっと本質的なことは、重大犯罪者であっても、死刑囚であっても時間を掛けてハンセイさせてきた。それには多くの労力と時間が必要である、しかし無期懲役は死刑の代わりに、また重大犯罪といわれる事件に、死刑じゃないからと安易に下される恐れがある。特に裁判員制度が実施されたら益々多くなるだろうと書かれていた。

 たしかに私が裁判員であったら、死刑にするのは躊躇するだろうが殺すわけではないからと無期懲役を選びそうだ。また最近の風潮に流されて厳罰主義を名目に無期懲役にするだろう。
そうなると夢の無い受刑者が多くなる。彼らはどんなに更生しても出所できない、一生を刑務所で過ごすことになる。当然といえば当然だが、その立場に自分が置かれると懺悔の日々を過ごす傍ら模範囚の足を引っぱり仮釈放を邪魔するかもしれない。自分の弱さを他人の所為にするのもこれまた世の常。
元看守はこのような事態を恐れている、今の人員で無期懲役者のケアは出来ないと断言している。

 初めて現場経験者の意見を読んで安易な考えの自分を恥じた、でも結論は死刑はハンタイだ。一生出られない無期懲役制度はもっと残酷かもしれない。
しかし映画「ショーシャンクの空」のように年をとってから長年住んだ刑務所から釈放されたら居心地の悪い世間に慣れず自殺してしまうシーンのようになるのか。
分からない、でも光市事件のの被害者の父親の復讐心だけのワルイ顔つきを見ると死刑にハンタイしたくなる。

 死刑執行官の手記を読むとやはり死刑は残酷だし、死刑にしないで無期にすると刑務所の秩序維持、受刑者の精神状態が悪くなる。結論を出すのがムツカシイ。
でも死刑ハンタイの線で行こう。人を裁くのは神に任せるということで。

六月

 六月、戦争回顧の時期になりました。
私は八月の高校野球の熱戦が続く頃戦争の話がヤマトの新聞を賑わすのにピンとこなかった。ウチナーとヤマトは戦争に対する鎮魂、想い、平和などに対して考える時期のズレがあるのです、。

 オキナワ戦で事実上組織的戦闘が終わったのが6月23日なのでその日を慰霊の日として記念し官公庁は休日となっている。官公庁というのは県関係の部署です。
20年ほど前地方自治法が改正されて、県段階で休日を作ることが出来なくなった。復帰以前から6月23日を慰霊の日として休日になっていた沖縄県は復帰後も休日としていた、県独自の休日である。それが認められなくなった、時の県知事は止むを得ないとの発言をしたため次の三選を掛けた選挙で落選した。それだけが原因とは言えないけど大きな争点となった。後日ヤマト政府も沖縄県の実情を無視することが出来ず県としての休日が存続することになった。
先日の教科書検定問題でも然り、与党とか野党、保守とか革新とかを乗り越えるのが「沖縄戦」です。

 8月15日とは約2ヶ月違う。日本軍上層部の無責任な行動、つまり敗北したのに敗戦処理を考えず自らはカッコウ付けて自決した長参謀長、牛島中将はサイコーの無責任オトコである。こんな無責任な行為があるか!
最後まで壕に籠り作戦を練っていたのだろうが、たぶん打つ手は無かっただろう。破れかぶれの突撃を命令しても自分は出撃せず死に際の事を考えていたのか。今風に言えば引きこもりヤローといいうところか。
その頃アメリカ軍の司令官バックナー中将は戦死している、前線視察中に死んだのだ。敵の司令官は戦死で友軍の司令官は壕内で自決、この差がたまらなくイヤだ。

 組織が機能しなくなったときの混乱を考えなかったのか。
世に知られる"ひめゆり部隊”の悲劇はオキナワ戦終結後のことです。的確なる指示があればあたら命を無くさず戦後の復興に役立ったものを。その機会すら奪ってしまった。

対案

 後期高齢者医療制度について侃々諤々の論争がワイドショーでも行なわれている。
其処での論争は、与党は悪い所は見直す、野党は廃案を主張する。視聴者代表格のお年よりは75歳で括るのは問題だ、負担が重過ぎるのでどうにかして欲しい。与党は悪い、しかし野党は廃止を叫ぶだけでその後の具体案が無いと与野党を批判している。

 お年よりはやはり優しい・・・・というよりアホだ。いやそれが理性というものかな。イヤならイヤで蹴っ飛ばせばいいのに、それではこうしてもらいましょうと代案まで用意しないと不安のようだ。私にはそれが理解できない。
卑しくも国を背負っているという自負心に溢れた官僚が作った制度をカンタンに此処をこのように手直しして・・なんて事ができると思っているのだろうか。もし作らせたらなら与党の改革案のようにお年寄りが天引きされるのはタイヘンだから、親族に肩代わりをさせるとか、これまで国保の優良納税者に限り自主納付を認める程度の事しか出てこないのだ。
これは丸っきりダメだから別の方策を検討せよ!と命じるともっとマシな案が出てくる可能性がある。官僚は優秀なのです、ようは使い方なのです。

 野党が発言すると、やれ対案が無いと非難する。これは正しい事なのか。予算が絡んだ事項で対案を出すなんて事はとてもできることではない。今の予算制度ではジグソウーパズルが嵌め終わった段階で1枚抜き出して、これを別のものに替えてもらいたいと言うが如しになる。そんなことなんて技術上出来る訳が無い。
国民は”単にダメだ初めから作り直せ”というだけで良い。それ以上は言う必要が無いと私は考える。野党も然り。

 それに政策を決める段階で元になる資料は官僚側が握っている、資料も無いのに案を作るなんてことは出来ない。それなら野党は資料から集めろという議論も出るだろうが、資料は官僚、与党のものではなく国民のものだ。それゆえ資料の全面公開をさせるのが先決だと思う。対案はその後に行なって初めて正確なものができる。
与党側の尤もらしい”対案を出せ”なんて言葉に乗ったら、必ず別の資料が出てきて潰しに掛かることは必定だ。

 それにしてもお年よりは優しい・・・というよりアホだ。こんなに不満を持っても最後はやはり自民党だという結論になるだろう。
チビ毛ー抜がっていんナーダ自民党かいる行ちゅぐとぅ。

県議選挙

 沖縄県議会議員選挙で与党が過半数割れした。
 選挙終盤戦の木曜日から格安ツアーに参加して上海へ出かけた。投票日に帰って来たので選挙情勢が全く分からない、投票も不在投票ではなく帰ってから急いで行った次第です。この選挙は全く選挙運動に参加しなかった。
日頃はこのオキナワを良くするためとかナンとか大きな事を喚いているが、この有り様。批判を受けてもしょうが無いと自嘲するも、遊びの誘惑には勝てませんでした。

 先日工房で作業をしていると宣伝カーが来た、「ひが京子」と書かれた看板を屋根につけている。本人も乗っているようなので手を振ると、それに応えるようにスピードを落として停まり候補者本人が降りてきた。握手をして激励した。この辺りでスピーチをしたいと言う、私も聞きたかったし天下の公道なので”どうぞ”と許可権も何も無い私は勧めた。福祉や平和についてのスピーチは本人の体験を元にしているので聞き応えがあった。シッカリ頑張ってもらいたい。

 私は比嘉さんを直接知らないけど前回の選挙から推している。理由は社大党、オキナワのローカル政党社会大衆党の公認だから、また女性候補だからです。オキナワと女性が好きということでしょう。男性は金に靡き易い、ヤローよりも女性が振らふらしないから好きだという単純な動機です。

 選挙だから与野党の争点は幾つかある、意中の候補者を推すのは自分の為に何かやってもらいたいという意思表示でもある、私はオキナワの反戦平和を第一に投票する。経済問題は誰がやっても同じ、今のニッポン国においては似たり寄ったりの結果になる。それ故経済問題は放っておく。

 彼女は私の期待を裏切らないと思う。これからの4年間彼女がしゃべった内容を県議として追求してもらいたい。

立て篭もり事件

 昨日も拳銃を持って立ても籠る事件があった。
パチンコ店に押し入って現金700万円近い金を奪ったけど、逃走にシッパイしたようだ。早期の検問が効を奏したのかな。
問題は立て篭もりの犯人に対する対応である。犯人と警官との会話をテレビでチラッと見たのだが、オマワリの声だろう「撃つな」とか「約束が違う」とかを大声で怒鳴っている。あれが長時間立て篭もっている犯人との会話なのか、チガウだろうという印象で見た。
 それから暫らくして警官隊が車を包囲するように近寄り突入して逮捕となった。しかしその後の報道で銃声が聞こえて自殺を図ったようだとの記者の解説があった。犯人は逮捕されたと言いながら死亡という、死人を逮捕したのか。

 前の立て篭もりではSWATの隊員が殉職した、殉職というにはチト馬鹿らしい死に方で、後方で流れ弾に当って死んだのだ。特殊隊員というが警察の特殊部隊とはあの程度なのか。あれは死んだ本人が悪いのではなく現場で指揮を取っていた上役が責任を追及されて叱るべきだ。見っとも無い。

 今回の包囲中の説得活動も単なる威圧を背景に屈服させるような言葉しか掛けなかっただろう。あのテレビを見てそう考えざるを得ない。もっと心理分析とか犯人の精神状態を把握して適切な言葉や行動があってしかるべきだ。
また犯人がハンドトーキーでしゃべる姿が写っていた、オマワリが差し入れたのか?。会話をするなら最初から電話を渡せばいいのに。

 映画の見すぎかもしれないが、ニッポンの警察はそういう面では遅れている。自殺されたのはシッパイと見るべきでしょう。一般住民に被害が及ばなかったからヨシとすべきではない、前回の事件とも合わせて特殊部隊の訓練のあり方も勉強し直してもらいたい。

このごろ・・

♪~ サ~マ~ターイム ・・・ ♪
この曲がかかると皆が囃し立てておもむろに酔った足取りで踊りだすオトコがいた。暫らくその裸踊りを見ていない、口髭が似合い身体も大きくヤンキーに被れ、しかも反戦の絵を描く。数々の凶状持ちで、結核で強制入院となり暫らくして、患者の様子が酷いので相談があると家族が呼ばれた。不安を胸に病院に行った奥さんに担当のお医者さんが「実は・・夜な夜な病棟の患者巻き込み酒盛りを開き困っている。患者の入院生活を改めるよう奥さんから強く言うてもらいたい。それからお見舞いの悪友に酒を差し入れしないように注意してもらいたい。」告げられ、心配が怒りに変わって夜叉の如き形相をしたかどうかは知らないが、本人は本格的に隔離されたようだ。

先日サマータイムのことを書いたけど、サマータイムといえばこの話を抜きにすることは出来ないので追記しておく。
 どうでもいいことを書いたついでにもう少し書き足してみよう。最近は何か書くよりも読むのが多くなった。
お気に入りに入れてあるサイトを全て見て廻ると何時間、イヤ何日もかかるかも。読みたいからそこに置き時々覗いてきたけど読み出すと次々と捲り時間が掛かる。その上他のサイトも気になってくる、それで読むだけで精一杯。時間はなくなるが、書かれていることが面白いのでついついのめり込んでしまう。

 書かなくても読むだけで楽しく過ごせるので、その面ではラクだ。でも僅か一桁とは言えこの場所に読みに、覗きに、迷い込んでくる方もおられるのでたまに更新しなければワルイ。それで出来るだけ何か書くように務めている。

 別に持っている「カヌー・カヤック」のブログのようにず~っと更新しなくても毎日一定の方々訪問するブログは本当にありがたい。書き始めは3年前(2005年)の3月でカヤックの製作過程を書いていた、完成してからー2年前ーから実質的な更新はしておらず時々ムダ話でお茶を濁している状態だ。しかしこのところ訪問者数が30人前後いる、10日ないし2週間で3万人になりそうだ。
またキリ番をやろうかな~と考えたけど更新もせずに放置状態なので気が引けるので延期した。更新、つまりカヤックを造り始めてからやるつもり。
更新せずとも訪問者がそれなりにあるのは、他所のサイトには無い情報が含まれているからであろうと”ドゥフミー”しておこう。(笑)

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