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作品 A

昨日の写真も同じ作者です。

彼は感性・その時の気分で土を捏ね捻り焼く人生を送りました。
素晴らしい才能の持ち主だったのに道半ばで燃え尽きたようです。

彼を前にも紹介した覚えがある、いつだったか・・・・
ぞのうち見つけます。

写真が大きすぎるかな、クリックすると全体が見えます。

壷
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お茶を濁す

書くことに事欠いて昔々の日記から転載し、お茶を濁す。
3年半も前の話です。
----------------

2月に長男に、3月に長女にと立て続けに孫が生まれた。
二人のあかちゃんは共に男の子。
最近は「小さく産んで大きく育てる」というのが基本のようで、
3千4・5百で生まれるのは少なくなったという。
二人ともその範囲で生まれたので、大きい部類に入るのか。

嫁も実家の都合で我が家に里帰りしてきた。
実家のようにくつろげないのではとの懸念もあったが
一ヶ月ほどの間リラックスして過ごせたようだ、と思うが当たっているか。
長女が帰ってくるのと玉突きで自分のアパートに戻った。
でもすぐ隣のなので毎日赤ちゃんを連れて来る。

二人のあかちゃんがいるので賑やかだ。
一ヶ月違えば大きさやしぐさが違うので、見ていて面白い。
生まれたときに、嬉しいでしょうといわれたが、それほどの喜びは感じなかった。
何かモノを手に入れた喜び、例えば車を買ったとか新しい道具を手に入れたとか、カヌーが完成したときの方が喜びは大きかった。

毎日のようにあかちゃんの顔を見ていると、その変化が面白くなって、別の意味で興味、楽しみ、面白さが出てきた。
長男の息子はぶとっちょで、動きや表情が少ない。名前は翼と書いてタスクと読ませるそうだ。
長男があかちゃんの頃と同じ、ただドテ~っと涎を垂らしながら寝ているだけ。

それに引き換え長女のあかちゃん、昇矢=そのまんまショウヤは小さく締まった感じだ。
締まるというより水分が抜けて小さくなり、皮が少し余ってたるんでシワがあるという表現が合っている。
この子は表情や動きがあって面白い。色が黒くて鼻の穴が真ん丸く開き口はおちょぼ口、首が長くてひゅ~っと伸ばすサマはETを思い出す風貌だ。
娘はETと呼んでいる。

毎日見ていても飽きない。これが愛情というものか。
たぶん他所のあかちゃんならこれほど興味を持って接しないだろう。
こういう風景を他人が見たら、やはり孫は可愛いでしょう・・になるのだろう。

意地やツッパリで、生まれた当初は「別に・・・」と言うていたわけではなくて、ホントにそうだったのだ。
今では面白さ、可愛さも出てきている。
2004年04月13日 09時09分14秒
作品

淡々と

 薬害が報じられている、血液製剤投与でC型肝炎に罹った人たちがいる。厚生省はエイズの時に反省したはずなのに相変わらず責任を放棄し患者を放置している。ヒドイ胸が痛む思いがする。

 夜のニュースで当時の薬務局長のコメントがあった、その淡々とした言い草がスゴイ。返す言葉が無いほど淡々と評論している、患者の叫びを報道で知っているだろうにまるで他人事、離れた処から眺めて話している感じがした。
患者に対する人間としての感情は無いのか、よくもあのように無関心でいられるものだ。恐れ入りました。
淡々と関係ないような話し振りができる神経が不思議で理解できない。
よほど強い人間なのだ、その強さを羨ましいとは思わない。むしろ感情が無い人間である事に憐憫の情さえ感じる。

 人間の命を数字と考えデータとしか扱っていない。凡人・常識人の私には分からない、理解できない。イヤなニュースを見たものだ。

お知らせ

PCがハングして立ち上がりません、
もしかして又ハードディスクが吹っ飛んだのか・・・
嫌な予感がします。

というわけで暫く更新できないかもしれません。

猪都笑了

産経新聞の北京駐在員のブログからの転載モノのようです。
私は別サイトを見ておもしろいと思ったので転載します。
    ---------
http://www.tudou.com/programs/view/AnEwr9Y20Ro/

猪都笑了
(歌詞の和訳)

豚も笑った~
豚も笑った~

北京人がいったよ、うちんとこは黄砂が多い
すると内モンゴル人が笑った

内モンゴル人がいったよ、うちんとこは面積が広い
すると新疆人が笑った

新疆人がいった、うちんとこは民族が多い
すると雲南人が笑った

雲南人がいった、うちんとこは海抜が高い
するとチベット人が笑った

チベット人が言った、うちんとこは文化財が多い
すると陝西人が笑った

陝西人がいった、うちんとこは革命が早かった
すると江西人が笑った

江西人がいった、うちんとこは辛い料理が平気
すると湖南人が笑った

湖南人がいった、うちんとこは美人が多い
すると四川人が笑った

らららららら~
らぷぱぱぷら~(辛いのこわくないけど、辛くないのこわい)

せりふ「うちら四川妹子はさ、四美人ちゅうだべさ~(方言なのでニュアンスがよくわらかん)」「わてら東北娘もわるくねぇずら?」「四川人も湖南人も江西人も兄弟じゃけん、竜の末裔やけん、みんなこいや、さけのもうや、みんな相互尊敬、友愛団結じゃけん」(このあとのは、方言でききとれないよ~)

山東人がいった、うちんとこは経済良好や
すると、上海人が笑った

上海人がいった、うちんとこは民工(出稼ぎ農民)が多い、
すると広東人が笑った

広東人がいった、うちんとこは金持ちおおい、
すると香港人が笑った

香港人がいった、うちんとこはお妾が多い
すると台湾人が笑った

日本人がいった、日中友好
すると中国人が笑った
「マンシュウイタチが鶏のところにお年賀に行っているよ(油断するな、という意味)


日本人がいった、自分たちは平和を愛するよ
アジア人がみな笑った
「羊の皮をかぶったオオカミめ!」

日本がいった、自分たちは世界の平和を守るよ
米国国民みなが笑った
「ジャップめ!」

★日本人がいった、自分たちは人だよ
全世界の豚も笑った

私はさよなら、わりだりでつよ~(なんか日本語をいっているらしい、意味わかんない?)
(★は繰り返し)

久しぶりにダンスのこと

久しぶりにダンスのこと
 先日からスローに入っている、偶然が多いが日曜・水曜クラスともスローフォックストロットをやり始めた。水曜クラスは初めてだが日曜クラスは一応二周分は終えている、しかし曲も動きもナンドゥルーな踊りで掴み所が無いのが特徴なダンスと思う。

 水曜クラスで基礎からやっているので今日日曜は上手く踊れると期待して出かけた。スロー・クイック・クイックのスローはクイック二つ分の長さと言われてその通りに持ち応えようといているけど、これがけっこうムツカシイ。それができるようになったので今日はマトモに踊れると思ったのに、踊り始めるとヒッカカイむっかかいする。
やはり難しかった。

 考えてみると基礎から練習したのは三つのフィガーだけで、フェザーステップとリバースターンにスリーステップだけなのであとのステップはそれらの応用でやるしかなかった。その箇所はどうにかなったつもりだが、その他の大部分は何時ものようにオロオロしたものになってしまった。
もう少し自信を持って動くべきだった。

それでも踊った人から良くなっているよと言われたのは嬉しい。
スローは踊っていてリズムがハッキリしない、踊りにメリハリを付けにくい。これは未だスローを理解していないのでそのように感じるのだろう。私だけでなく他の皆さんも同じような意見を持つ人が多い。
それとスローはCBMとかサイドリードとかいうて身体を捻るのがおおいので疲れる、アチコチが痛くなる。でもこの機会に優雅に踊れるようになりたい。

紙を揉む

 紙を揉むって事を暫らくやった事が無い。
ただ”紙を揉む”といわれても何のことやら意味不明でしょう。深い意味は無くて紙をクシャクシャと揉むことです、いつ何のためにする動作かというと紙を柔らかくする為に行なうのです。

 かつて便所には一冊の本それも雑誌が置かれて用が済むと1枚破ってお尻を拭くが、そのままでは使い勝手が悪い。1枚の紙を揉んで繊維をほぐして柔らかにしないと滑って拭き辛い。かつての雑誌はワラ半紙の上質なものだったのでお尻が拭けた。もし上質紙ならムツカシイかもしれない。

 なぜ突然この紙を揉むということが思い浮かんだのかというと、トイレに入っていて、かつてトイレットペーパーを揉んだことを思い出してその延長上で雑誌を破り揉んで使ったことを思い出したのだ。トイレットペーパーもツルツル滑るものがあり使い勝手が悪いのがある。なぜそのような製品を作るのか考えらなれないと思いつつトイレットペーパーを揉んですべりを止めたことがある。

 あの頃は雑誌も貴重品でそん所そこらには無かった、伯父の家の便所にはゆうなの葉が束になって置かれていた。肉厚の葉は表がツルツルしていて使えない、裏には産毛がビッシリ生えているので上手い具合に拭ける、今どきの人は使えないだろう。

デボラ・カー

デボラ・カー



 新聞でデボラ・カーが死んだこと知った。
「王様と私」がいちばん有名だろう、ユル・ブリンナーとの共演だった、あの映画の王女役の一人ににはオキナワ出身が出演していた。名前は・・忘れた、思い出せない・・
「黒水仙」、インド奥地の尼僧院を舞台に恋に狂う修道女役だった、なんとも奇妙な思いで見たが、あれは高校の映画見学で見たのだった。担当教諭は何故あれを生徒に見せたのだろうか。

 検索で年表を見ると「クォ・ヴァディス」にも出ている、あのキリスト教徒の女の子はデボラ・カーが演じていたのか。それに「地上より永久に」も彼女だったのだ、真珠湾攻撃の場面、ボクシングの場面のモンゴメリー・クリフトしか記憶に無かった。
「悲しみよこんにちは」、あれは印象に残っている。へのへのもへ字のような顔、眼から大粒の涙がポロリと出てくる最初のシーン出演者の名前が出てくるシーンがアタマに強く残っている。サガンの言いたい事がアノ当時分かっていたら別の人生を歩んでいたかな私は。アノ頃は、今でもそうだが常識人の私にはあの娘の反抗心なんて理解できない。
”女性”を演じていたデボラ・カーも美しく魅力的だった。

 女優は死んでも名前どころか顔・姿が残る、しかもその役柄と一緒ごっちゃになって記憶に残るので幸せだろう。89歳で亡くなったのでオバアちゃんになっているだろに私の記憶には若い頃のまま、年を取った顔なんて想像も出来ない。想像しないほうがいいだろうけど。(笑)

 映画とスターは同時に思い出すもの、別々に思い出すものとあるが、黒水仙と悲しみよこんにちはの2本はデボラ・カーの名前を見た瞬間思い出した。それほど熱を入れた女優ではないけど印象に残ったスターであった。
いつまでも若くて美しく魅力的な顔立ちのまま私の胸に眠ることでしょう。


おっ写真を入れることができた!
写真は他のサイトにあったのを無断借用です、
ごめんなさい、練習の為ですお許しの程を。

亀田ねた

 先日の試合について可笑しい事を書いたブログからの転載です。
元のURLを知らないので無断転載します。

格闘技については素養・知識が無いのけど辰吉の名前は聞いたことがある。
その程度です。でも可笑しさは分かる。
-------以下転載分------------------
辰吉と亀田の見分け方

失明しそうになっても戦うのが辰吉、
            Vs・失明させてでも戦うのが亀田
---------------------------------------
挑発するのが辰吉、
            Vs・懲罰されるのが亀田
---------------------------------------
反復練習するのが辰吉、
            Vs・反則練習するのが亀田
---------------------------------------
見た目とは裏腹に頭がいいのが辰吉、
            Vs・見た目どおり頭が悪いのが亀田
---------------------------------------
絶妙なのが辰吉、
            Vs・絶望なのが亀田
---------------------------------------
パフォーマンスが上手いのが辰吉、
            Vs・パフォーマンスしかしないのが亀田
---------------------------------------
負けたら倍にして返すのが辰吉、
            Vs・負けたら手のひら返されるのが亀田
---------------------------------------
ジャブを決めるのが辰吉、
            Vs・シャブの売人やるのが亀田
---------------------------------------
切腹するのが亀田、
            Vs・嫌で潜伏するのも亀田
---------------------------------------

チラッと見たスポーツ版で書いてありました。
なるほど!

う~ん 参っちゃう

韓国の方って時々強烈なストレートを投げてくる。
ウチアタイすることばかりです。
論評抜きで全文掲載します。
--------------

http://www.chosunonline.com/article/20071007000020
【コラム】韓国人は「沖縄集会」を取り違えるな(上)


 10年前に沖縄を訪問した際、現地では「独立論」が盛り上がりを見せていた。ちょうどそのころ、コザ市(現沖縄市)の市長を務めた故・大山朝常氏が95歳にして「過去について語れないなら、死ぬこともできない」として書き上げた『沖縄独立宣言』がベストセラーとなっていた。3人の子どもと母、兄を奪った戦争、米軍政時代の祖国復帰運動など、大山氏の語る過去からは、つらい記憶が影を落とす沖縄の近代史を知ることができる。大山氏はこの本の中で、「ヤマトは帰るべき『祖国』ではなかった」、「沖縄世(ウチナユ)に戻ろう」と主張した。「沖縄世」とは薩摩藩の侵攻により沖縄が独立を失った17世紀以前の時代を指す。


 当時沖縄では一国二制度の下で日本の他地域とは制度の違う「自由貿易地帯」として再出発しようという議論が、現実的な方策として語られていた。大山氏はその2年後に亡くなった。だが彼の独立論も、二制度論も、大きな流れを作ることはできなかった。日本政府が沖縄の動きに驚き、沖縄の振興計画を発表すると、沖縄の人々の不満も鳴りを潜めた実際に当時沖縄で独立論に関する動きを取材しながら、沖縄の人々が望んでいるのは独立ではなく、より多くの支援だということを実感した。


 沖縄が自分たちを見捨てた宗主国を、祖国として選んだのはなぜだろうか。日本はかつて戦争に執着して沖縄住民の5分の1が死にゆくのを傍観した。一方沖縄は戦後独立する機会があったにもかかわらず1972年に日本に復帰することを選んだ。取材当時、「米軍政下で疲弊し、何かすがるものが必要だった」という反戦運動家の発言に拍子抜けし、混乱した覚えがある。最終的に沖縄県民が選んだのは豊かさだった。日本は米国に3億2000万ドル(当時の為替相場で約990億円)を支払い、沖縄を領土に編入した。そして沖縄は天文学的な額の財政支援と税制面の優遇を受け、裕福な日本を構成する一員となった。


【コラム】韓国人は「沖縄集会」を取り違えるな(下)


 最近、沖縄で日本政府の歴史歪曲(わいきょく)をめぐる抗議集会が開かれたことが、韓国の一部で共感を呼んでいるらしい。第2次世界大戦当時、沖縄の住民に対する「集団自決の強要」があったかどうかという問題と、「慰安婦の強制動員」があったかどうかという問題が、同じ系統の問題のように映るからだろう。


 しかし沖縄の問題は、本質的に日本の内政問題だ。沖縄は今、歴史を日本に委ねてしまったツケを支払うはめになってしまったと言えるかもしれない。もし日本政府が教科書の内容を再検討して「強要」との記述を復活させたとしても、それは独立を放棄したことへの対価の一部と言えるかもしれない。日本に以前から存在する沖縄に対する同情論と、日本政府の過去の対応を考えたとき、今回の問題は沖縄の人々が求めている形で決着がつくはずだ。


 沖縄を見ていて気がつくのは、歴史問題をめぐる韓国と沖縄の対処法に類似点があることだ。市民が大勢集まって糾弾することで、日本のメディアが大きく書き立て、世論に対し日本政府が対応するという一連の流れは、両者に共通している。韓国人が今回も沖縄の問題の本質を見誤り、「なぜ沖縄の言い分は聞き入れながら、韓国を無視するのか」と主張すれば、それは子どもの駄々(だだ)と同じで、恥ずべき行為だ。


 もちろん日本政府は沖縄に関しては教科書の内容を修正しても、韓国に対してそうすることはない。それは韓国が独立を取り戻した国だからだ。だから韓国には沖縄のように、市民が集まって抗議を表明する必要もない。われわれには政府もあれば、独自の教科書もあるからだ。われわれは真実を記した教科書を子孫に伝え、韓国政府を通じて偽りの歴史を語る日本を非難すればよい。


 沖縄で抗議集会が行われたのも、自分たちの歴史を保護してくれる国も、政府も、それを伝える教科書も存在しないからだ。独立を放棄した沖縄から、われわれが学ぶべきことなど何一つないのだ。


東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員


朝鮮日報/朝鮮日報JNS

引き続きケンテイ問題

 好い加減イヤになる文部省の態度には。
ひと言で言えば、「検定結果は撤回しないが教科書会社からの訂正申請には適切に対応する。」という形で逃げ切ろうとする姿勢には納得できない。
ウチナーンチュの撤回要求が通ったら検定の政治介入を許すことになる、とのようだ。

 テメーらは政治的に判断して教科書に記載してある事を捻じ曲げておいて、その訂正を要求する県民には政治介入だとのたまう。理論・議論を戦わそうとするとスルリと逃げる。だいたい大臣が”全て軍の介入があったかのごとき誤解を与える記述を直した。”という趣旨の発言をしている。しかし教科書には一部とということが明記されているのだ、教科書も読んでいない発言で、思い込み、自分の誤った政治信条を述べているに過ぎない。教科書検定員の資質にも問題がある、その上審議方法やその過程を見るとハッキリしたものが見えてくる。

 もう~
いやになる。でも放っておくわけにもいかない。ナンギだが何かせざるを得ない、メンドウなことだ。

参考サイトを書いておきます。
http://saru.txt-nifty.com/blog/2007/10/post_8b86.html

のブログを参考に! 
な~んだ共産党員のか・・なんて言わないで。別のサイトを紹介してもいいのだが、探すのがメンドウなので目に付いたものを紹介するだけです。
 あの県民大会には自民党の県議もほぼ全員参加しています。保守革新で対立するものではありません。共通の問題ですよ。

写真は集団自決のあった集落の旗です。

県民大会

甘いものダイエット

人間の空腹感とか満腹感とは何か。
胃腸に食べ物が入るから満腹感を感じる、空っぽになると空腹を感じる、
このことは否定しないが、それだけでは無いようだ。

甘いものを食べるとお腹いっぱいと思うようになる、
また不味いものを幾ら詰め込んでも満腹感は得られない。
お腹がすいたとかイッパイとか感じるのは胃腸ではなくて脳なのだ。

先ほど昼食はカレーライスだった、やや少なめだったので足りない。
しかしこれ以上食べると胃拡張になるのでせっかく痩せた努力(?)がフイになる。
そこで甘いお菓子とチョコレート食べた。
暫らくすると胃がつかえたような感じになりもう何も食べたく無い。
チョコレートが未だ残っているが口にする気がしない。

甘いものを食べると食事量が減る、即ちダイエットができる。
どうです、皆さんも試してみませんか。
胃のムカつきは夕ご飯にも影響しそうだ、欲しくない。
新理論、甘いものダイエットの実証例になりそうだ

教科書検定問題

 先輩からのメールを載せたのは、”武元の義母の辛かったに違いない心情を、”という記述が胸に着たからです。苦しい出来事を話すのはキツイことです。話せなかったと思う。
 いま島をあげて問題にしている教科書検定の問題も当事者が思い出したくない出来事、話したくないことを何の配慮も無く古傷を暴き塩を塗りこむやり方で封印しようする国の態度に我慢できないのです。
これが初めてではありません。沖縄戦の戦死者を10数万人と書いたら科学的な根拠が無いと文部省がクレームを付けたのはいつのことだったか。それを認めさせたのは学者の努力だけではない、ウチナーの努力もあった。
平和の礎に刻銘された一人一人の名前を数えてみなさい、戦没者数について今では文部省も文句を言わない、国が後世に伝えたくないものを屁理屈で隠そうとする姿勢がミエミエなのでつい文句を言いたくなるのだ。

 友軍(何度も説明しているが、大日本帝国陸軍のことを当時ウチナーでは”ゆうぐん”と表現していた。)による住民虐殺、自分らが生き延びる為に住民が避難しているガマ(壕)から追い出したり、赤ちゃんの泣き声で敵に見つかるからとその母子を戦場へ追い出したりと、このような話は幾らでもあった。ごく普通に語られていた、これがウチナー民衆の戦争認識なのです。
当時の人に友軍に助けられた人がどの程度いるのか。友軍を助けても助けられた他人は極ごく僅かでしょう。そういう歴史観を持つのは当たり前でしょう、事実なのだから。

 体験者が死んでいき語る人がいなくなったら、そういうことは無かった、あるいは不埒なヤカラの所為であると個人的なことに矮小化してしまおうとしている。
ニンゲンには言いたくないことがある、しかしそれは無かった事ではなくて口にしたくないだけなのだ。戦争で肉親を失った人はその状況によっては思い出すのもイヤだろう。
それなのに国の態度は酷すぎる、黙っている事を良い事にしてやいのやいのと攻めてくる学者ぶったヤツはなお更ヒドイ、鬼畜にも劣る外道だ。

 あの戦争を聖戦にしたい人もいるだろうが、それを国が率先して聖戦に持っていくことは許されない。

先輩から送られてきたメールを転載しておきます。
こら~っ、こういうご時世に何をしているのだ~と叱られている感じです。

***********************
  各位
  
 太田くんの原爆展総括を貴兄たちに送信したが、武元くんからはそれに対する感想が送られてきた。この文章は、小生一人で読むべきものではない。もちろん太田くんには転送したが、貴兄たちにも是非読んでもらいたいと転送することにした。

 武元の義母の辛かったに違いない心情を、是非汲み取って欲しいと思う。憲法9条の問題が、安っぽい「理論的」問題にすりかえられていることに矛盾と怒りを感じている小生としては、このような実際にあった事実をくり返し訴える必要が不可欠だと思うからだ。沖縄の人達が、日本軍の強制で米軍に屈服する前に死を選択せざるを得なかったことを、紙に書いた証拠がない等と惚けた理論で教科書の記述を書き換えさせようとする輩が、いつの間にか勢力を持ち始めている。そんな連中に負けないためには事実・真実から目をそらさないことではないだろうか。とにかく真面目に読んでくれ。
                                         10/7大平

  今年は特に異常さを感じさせる暑い夏でした。これも人間が自然の摂理に反することを繰り返して来た罰なのでしょうか? 海老名市で行われている「原爆展」じっくりと見ました。
 先ずは核の凄さ、悲惨さ、後世までつずく恐ろしさ、争いの無い平和な社会を求め広く市民に訴え続けている人に敬意を表します。
 前回も話したことがありますが私の妻の姉が長崎で原爆に遭い亡くなりました。三菱造船所の経理課に勤めていた当時20歳の姉でした。母が名前を叫びながら探しに行ったそうですが沢山の死者や負傷者のいる中でようやく探し当てたのは事務所の出口付近に倒れていたそうです。
 まだ生きていたそうですが胸は爆風でえぐられ内蔵がはみ出ていたそうですが翌朝絶命したそうです。母は数年まえに亡くなりましたが生前、このことは私には話してくれませんでした。思い出したくない悲しい出来事なので話したくなかったのでしょう。毎年8月9日の同時刻にサイレンが鳴り響く時は耳を両手でふさぎ打ち伏していました。妻は3歳位だったのであまり覚えていないようですが姉のその時のことに触れると話を嫌がります。私も大学時代数回松山町の原爆記念館で惨状の写真展を見て顔を曇らせたものです。原爆は戦争はいつも一般市民の犠牲招いてしまいます。被害にあった家族の悲しみは計り知れないものがあります。日本は二度と戦争をしてはいけないし加担してもいけません。近年の日本は戦争へ戦争へと向っているようで不安でなりません。太田氏の報告書にもあるとうり「しかたがなかった」などと長崎の代議士が発言する等後世に伝承どころか私達と同世代の人でさえも風化して来ている感じです。長崎大学卒業生として我々自身も大いに思いを新たにして行かなければならないと思います。反省します。バカ酒だけ飲まずに・・・!このようなことを真剣に考える友でありたいですね。
又おおいに刺激を与えてください。

 政権も穏健派の福田首相に代わりました。安倍氏のような強権政治はしないでしょうが野党の要求も受け入れ「老齢者医療」「母子家庭」等生活面に優しい政策が打ち出されるのを期待しています。年金の増額もあればいいのですが。それでは又。
              10/4 福岡市     武元

さいかい

西安から戻ってきて2週間が過ぎた。このブログを何時から書き始めようかと思いながらついつい放っておいた。書かなければ書かないでラクなものだ。
しかし旅のことだけ書いていると何かいい足りないものが出てくる、それで書こうとしたらやはりメンドウだとなり放っておく、怠惰だまったく。
意を決して書き始めよう。

 書くとなるとやはり「教科書検定問題」になる。
出発前から問題になっていたことだが、アベの意志が強く反映された教科書検定である。南京虐殺、慰安婦問題そして沖縄の集団自決に軍は関与していないという検定意見。アベの国家観が真正面から出てきた。広義の狭義のと問題を矮小化して国際的非難を浴びたら国内の引き締めに取り掛かった。アベは北の金さんが羨ましいに違いない、右向け~右で一斉に行動する国民の首領になりたいに違いない。

 ウチナーが怒るのは当たり前だ。摩文仁の戦争記念館(?)の展示の時に壕のレイアウトですったもんだしたのは何時のことだった。県は反省が足りない、だから文部省に舐められるのだ。あの時の反省をしっかりしなさい。

 せっかく県内が一応纏まっているので県の批判はこの程度にするから、県民の想いを政府に伝えてもらいたい。文部省は検定結果はそのままにして教科書会社からの訂正申請でお茶を濁そうと画策している。県知事も自民党県連もそれに乗っかりそうだが、ウチナーの歴史、精神構造に重大な影響を後日与えることになるから禍根を残すような安易な解決策を取ってもらいたくない。自律とは経済的な面は大きいが実は精神的なものがより大きいのだ。歴史を失った民族の末路は哀れなものだ、我が島ウチナーが金の為に歴史をうやむやにすることは許されない。

一緒になって怒ろうヨ 
いまこそ怒りを爆発させる時だよ。

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