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だんぱち屋~

 散髪屋へ行こうと思い妻に身体が臭くないか確認した。朝から仕事をしたので汗をかいたのだ。梅雨明け早々気温は32度に張り付いたままの天気が続いている。暑い肌がジリジリ焼けるのが分かる。そのような暑さなのでもしかすると汗が臭うかもしれないと思って確認したのだ。しかし”こっちに寄らないで”と拒否された。臭うまでも無い早く水を浴びてきなさいと言う。

 水浴びして出かけようとポケットに手を入れるが、紙幣の感触が無い。金物屋で買い物して千円札を出したのだ。小銭を数えると857円しかない、ダンパチ代は千円なので足りない。たまたま遊びに来ていた娘に金が足りないので243円不足だと窮状を訴える。
すると「またキタムラの二の舞なの!」ときた。プリントを頼み取りにいくと4枚分で百三十何円の料金を請求された。ポケットを引っ掻き回したが足りない、近くのATM所在地を教えてもらい降ろしに行った。その話の事を娘は言うている。「ATMは千円からしか降ろせないので不便でしょう。」なんて憎まれ口もたたく。

 娘は妻の財布から千円抜き出して渡してくれた。
安いのがウリの散髪屋でオプションを付けなければ千円で済む。客の要望も聞かずにサッサと切りはじめる。アレコレ細かい注文をつけても結果は同じにしか仕上がらないだろう。カットが終わるとまず髪を洗い襟足をカミソリで剃る、次に”アゴヒゲを残して剃るのですね」と聞かれたので、何の気なしにハイと返事をする。すると顔剃りを始めた、いつもは顔剃りの可否を聞いてくるのでノーの返事をする、それで千円と思っているので余計なオプションは要らない、自分で剃ればいい。
 顔剃りをしている間料金の心配をしていた、500円か300円か・・
今日でなくてもいいのに千円工面して来たのに300円でも500円でも予定外の出費は痛いなー、とウジウジした気分で椅子に寝かされていた。
終わって店を出るとき、”千円です”と言われた時は、照りつける太陽のように明るく晴ればれした気分になった。

 本来なら熱風のはずが爽やかに風に感じられた。顔剃りって元々サービスなのかな、別料金と思っていた。顔剃りはタダですか、サービスですかと聞きづらい。だれか聞いてくれないかナ~
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エステと装置

 エステとは、エステティックで、意味は美学、審美眼、または美顔術、メイクアップ、痩身や脱毛法によって美しくすること。全身美容、とある。

 そのエステの店からお呼びが掛かった。これまで店の模様替えを手伝ってきたのでその延長上の問題だろうと気楽に構えて行った。ある器具・装置を見せて
”これ幾らすると思う?、気に入らないので返品しようと思う。同じようなものを作れないでしょうか・・”
装置は香油が循環すればいいので単純だし仕上げも悪い。価格に関してはそれを使ってペイできるかどうかなので私では判断できない。素人目には高すぎる、しかし健康とか美容器具はこんなものだろうとも思う。

 用途を聞いた限りでは底に溜まった香油を上の器にポンプアップするのと、人肌以上に温めることである。香油の受け皿が身体にフィットするような形に作ることだ。その製品はその辺りは全く考慮されずただ調理用ボールに似た容器が据え付けられていた。

早速ポンプとヒーターを探しに街巡りをする、代替できそうなものを見つけてメーカーをメモしてインターネットで調べる。何とかなりそうだ。ボールについては見た目と加工のし易さから銅製がいいだろう。銅をこちらが意図するように加工する場所はどうする・・
 20年前産業技術学校でガス圧接の講習を受けたとき、講師が銅を焼けば容易に加工できると話していた。その事を思い出して検索すると参考になりそうなサイトがある。自分でやるのは道具とかウデの問題もあるので鉄工所を探そう。

 エステのオーナーは返品するので代わりの装置を早めに欲しいと言う、考えて楽しむだけならいいが、製品にするのはこれから幾多の問題が出てくるだろう。
あれこれ構想を練るのは楽しいが、ただの話だけでは終わらない、責任も出てくる。
久しぶりに面白そうな仕事なので本気で取り掛かろう。

身体は正直

 最近寝るのが早い、先日7時にはもう寝床の中だった。
あの日は夕食後パソコンに向かっていたがコックリコックリが始まったので躊躇無く寝た。夜中に目が覚めるだろうと思っていたがトイレに起きたのは4時過ぎ、まだ寝れそうなので寝た。
 
 その前は孫が遊びたそうにベッドに来たが目も開けずにバイバ~イと手を振ったら何やらブツブツ言うているのが聞こえたが後は知らない。
身体は正直ということでしょう、オーバーワークになると夜が持たない、てき面に眠気となって現れる。若いころからの鍛錬が足りなかったのだろう。

 年を取ってからジム通いして体力増強・筋力アップに努めてもヤラナイよりマシというところでしょう。やっているという満足感だけだがこの2年近く続いている。ヤラナイよりマシ程度であっても欲というのは消えず、トレーナーから指示された負荷よりも若干強めになる。誰かと張り合っているわけでもないが、強めになりがちである。調べてみると筋力アップには強めがいいみたいだ。持久力には回数を多くこなすのがよい。
さらに赤筋白筋の鍛え方になると、考え方と言うのがいいのかまだ理解できない。腹回りの脂肪層を減らすには赤筋を増やす、つまり鍛えた方が良いとある。赤筋と白筋はある筋肉の中に両方が分布しているのか、ある部位の筋肉は赤筋、他の部位は白筋というように筋肉によって種類が違うのか、その辺りが分からない。

 トレーニングをすると眠くなるが続けよう。筋肉を鍛えるのはダンスを踊る時の立つ力に役立つという。筋力をつければキレイなフォームに見えるだろう、頑張るとするか。

 何が言いたいのか論点がズレている、運動をしたら体が疲れて寝てしまう。それなのにオーバーワーク気味のトレーニングをするという矛盾、それも自分の意思で。ヘンだけどこれが今の状況です。

賞味期限は?

以前メモしていたがもう古い話になったかな。
本質は以前”古くて新しい問題”だと思う。
いやこういうことに賞味期限は無いのだ。

特に教科書問題は長いオキナワ問題の一つにしか過ぎない。
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ニュースから
 誤魔化し牛肉ミンチの報道で、内部告発を2月に行なった人がいたのに適切な対応を取らなかった件に関して、農水省は北海道庁へ連絡したので当方に誤りは無いとコメントしている。
 お昼のニュースで農水省の立入検査風景が流された。オカシイ。
2月の時点では農水省に関係無かった筈なのに、事件が表面化したら手入れをする。その間に内部調査をしていたとするなら理解できるが、朝日新聞のスクープで動かざるを得なくなり手入れしたと考えるのが自然だ。

 内部告発があったときに動いていれば良いものを、アタフタと動いている感じがする。北海道庁へ連絡したのが適切な処置であったと釈明したのは今朝のこと、その後立入検査している。辻褄が合わないと考えるがどう思われますか。

 役所の縄張り意識がそうさせたのだろうが、メンドウなことも自分の方で処理するという気概が欲しい。もしこれが利権問題なら相手とケンカしてでもひっさらっていくだろうに。


教科書問題
 他所の県ではそれほど騒いでいないだろうが、オキナワでは教科書から軍命による集団自決の記述が削除されることに抗議の声が大きくなっている。
アベ流の広義・狭義でモノゴトを矮小化していく方法である。歴史を淡いベールで覆い隠して美しいニッポンを作ろうという国際的には通じない、国内向けの政策だ。淡いベールは愛国心をくすぐることにある。どうにもならない閉塞感に陥っている若者の心に腹の足しにならない愛国心という言葉で脳内エンドルフィンを出させて麻痺させている。

 他の府県では文部省の策動にコロリと騙されたようだが、オキナワではそうは行かない。戦争体験者が今でも声を上げているからです。モノゴトを小さくして、それをさらに小さく見せて終に無くしてしまおうなんてことが許されるのか。

慰霊は平和?

 昨夜ある集会に参加した。友人から参議員選挙の集まりがあるのでと誘われたのだ。
会場へ行くとチョボチョボの人が集まっていて、辺野古基地新設やヘリパッド基地の移設問題をスライドを使っての説明を聞いている。
 その後会の代表者がこの会の趣旨と経過を話し始めた。その時初めて会の名称を知った、「平和を・・・・する学者・文化人の会」であるそうだ。それで参加者の顔ぶれがこれまでの選挙集会とはちょっと違うのだ。私は友から誘われたことだし、参加費の千円も納めた後だったので場チガイ、マチガイという居心地の悪さに耐えて坐った。(笑)
参加者があまりにも少なく、山の賑わいにしては枯れ木が目立ってしまうほどだった。代表の言葉も準備不足とこのところの負け選挙のハンセイをして討論ないし意見発表となった。

 弁護士、大学教授に詩人に音楽家と多才な人の話は聞き応えがある。中でもアメリカ人の政治学者の発言が面白かった。
 憲法はニンゲンを作る、戦前の欽定憲法では臣民を作り、現憲法は国民・市民を作った。自民党は改憲とはいうていないで新憲法をい作ると公言している。ではその憲法の下では如何なる人が作られるか。

 世の中に無関心層は多い、現在の憲法には無関心権というのは無い、しかしそれが許されている。”新しい”憲法案ではどうなるか。人権という項目はあるが制限つきである。制限の付いた人権は人権ではない。無関心は許されるか、戦前の隣組、体制翼賛を見ると明らかな通り無関心なんてのは許されない。

 社会の動きをマグマと表現するが、運動をする側はマグマを噴出させる手段方法をもっと考えるべきである。
このような趣旨の発言をしていた。訴えが判り易い、やはりいろんな人の話を聞くべきだと思った。

 折りしも今日は6月23日、高校教科書から集団自決の記述削除問題が起きている広義・狭義の問題にすり替えようとしている、。問題を矮小化して歴史改竄を試みる姿勢は従軍慰安婦問題と同じであり自公政府が目指す美しい国の姿である。

 モノゴトを批判的に見る目を子供たちが養うことこそ真の学力となるのに。従順とは隷属であることをクァウマガに伝えていきましょう。

 我が高校の恩師、同級生と戦場を彷徨い生き残った先生の和歌から

おやめなさい。歌も叫びもポリシーも
    静かな祈りの聖地なのです

慰霊の日の主役は土に還りうせ
    ピエロが踊る残骸がうたう

摩文仁野に違和感がある[君が代]に
    慰霊の心を包まずに立つ

片耳が難聴

耳が難聴なんて言い回しはヘンだが、右耳が聞こえづらくなって3週間
放っていたが、妻が3千出して病院へ行けというので行ってきました。

風邪で痰や洟が出るようになって2ヶ月、そのうち耳が詰まったようになり
聞こえ辛くなった。そのうち直るだろうと思っていたが良くならない。
耳が聞こえないというのは静寂な世界に浸れると思ったら違うのですね。
初診料やら診察料で最低3千円は必要になると思って病院へ行くのを躊躇していた。
なかなか直らない。
そこに妻からの援助があったので行った。

難聴殿検査をしたので検査料が付くナ~、そんなものやらずに治療をすればいいのに。
悪徳病院の検査漬け問題もあった、検査をしないと治療が出来ないのか・・・

耳に麻酔液を入れて左手と耳に電極(?)をつけて10分ほど待ち、液を出す。
その後鼓膜に穴を開けて水を取り出す。
鼻からガス状の薬を暫らく吸って終わった。

受付で5千何百円です、と請求されたので
不足分を取りに行く、清算すると薬は薬局でと処方箋だけを渡された。
また金が要る、と取りにいく。

治療には金が掛かる、ギリギリまで我慢し悪化してして病院へ行く人の気持が分かる。
1週間後に経過を見るので来るように言われた。
今度は安く済んで欲しい。良くなったと自己診断したら行かないかな。

ボールペンといえば・・・

 万年筆を使わなくなってから久しい、最後の万年筆は何時だったか思い出そうにも思い出せないほどだ。あの頃、何時の頃と言われてもハッキリしないが、60年代、70年代の半ばまでは役所への提出物はボールペン書きは不可だった。そういう時代もあったのだ。

 ところでボールペンの発明は・・と調べたら、いろいろ変遷があったようだ。品質については国産品の評価は高い。詰り防止の技術や書き心地は洋物舶来品とか今ではアジア製が多くなっただろうが、それらより国産品の出来がいい。
エジプトでは日本製ボールペンの人気が高い、チップ代わりにそれで代用できる。「旅のブログ」にも書いたが、ホテルの従業員にボールペンをせがまれた、あいにく私はチビた鉛筆で道中記録を書いていたので、その鉛筆を見せたら流石に笑って要らないと手をヨコに振っていた。

 フィリピンの空港では、ホントにその係りかどうか知らないがオマワリらしき人が廊下でが出国カードの点検をしている。日本人だから呼び止められたのかもしれない。それで記入漏れがあるという、指摘を受けて書き込もうとボールペンをポケットから取り出すと、自分が書いてあげると言う。カードとペンを渡すとチョチョッと書き込みカードを返してくれた。
ありがとうと礼を言い搭乗口へ向かった。機内で入国カードー当時は日本国への出入国時にニッポン人もカードを書かされたーを記入しようと胸に手をやるとペンが無い。アッあのヤローはカードだけ返してペンは返さなかったことに気付いたが手遅れだ。
100円のボールペンとはいえ無いと困る。まんまとしてやられた。引っかかった自分がヌケているのだが、たった1本のボールペンをくすねなければならない現実を改めて認識させられた。

 その辺りに転がっているボールペンだが、それを通して想い出が蘇った。

ボールペン

 散らかったテーブルからボールペンを探して書き物をしようとした。暫らく使わなかったのでペン先が固まったのか2本ともインクが出てこない。先をちょっと舐めたけどダメだった。こういう場合はペン先を水に浸けて固まったインクを溶かすと書ける様になるというのを読んだ気がしたので1時間ほど浸けたが掛けない。

 2,3回振ってみたがそれでも出ない、もっと降り続けたら出るかもしれないとオートバイのスポークに固定してタイヤを回した。すると1本はインクが出たがもう1本は反応が無い。出たと思い試し書きすると直ぐでなくなった。紙の上でグルグル線を引いていると又出始め、また途切れる。遠心力をかける時間が短かったのか。

 ボールペンは使わなければ書けなくなる、書けるようにするためにいろいろ工夫したものだ。膠着したボールを動かす為にライターで焼いたこともあった。工夫してもスンナリ回復した覚えはあまり無い。遠心力を使う方法は使えそうだ。書けなくなってまず試す方法はボールペンを振ることが多い。オートバイか自転車を利用して遠心力を掛けるのは理に適っていると思われる。

 先ほどは合格点に届かなかったが、もう少し時間をかけたら成功したかもしれない。もう一度修復作業をしてみよう。

ブルージーンズ

 ブルージーンズあるいはただジーンズという言葉はあまり使わず、専らGパン呼ぶのが普通だった。高校の頃はGパンを着たかったが買えるほどの小遣いは無く、それに買ってちょうだいとお願いしてもGパンを穿くのは不良だとの印象が我が親にはありとうとう買って貰えなかった。友達が着ているのを指を銜えて見ていた。

 浪人中にアルバイトで稼ぐようになってから丸国マーケットで買った。Gパンとはそれ以来の付き合いとなるので長い付合いだ。丸国マーケットは放出品を売る店が多数入っていて見て廻るだけでもウキウキしたGパンの他にスリーピングバッグとかリュックの類もありヤマトの大学へ行く時か次いで言った。

 その後ジーンズは遊び着やヤーから着ヤーとして愛用してきた。10数年前仕事を辞めて自分でチョコチョコやるようになった頃からジーンズが私の日常着となった。ほぼ毎日をGパンで過ごすようになったのだ。今では年間360日以上Gパンで過ごしているだろう。
そのために年間1~1.5本のGパンを買っている。暫らく穿くと普段着にして、更に古くなると作業着にする。私の場合は何時もGパンで過ごしているので他人が見ると毎日同じモノを着ていると思うだろうが、これでも気を使って着ているのです。

 ジーンズを着こなすのが上手い人を毎年表彰している、私は毎日着ているが着こなしがなっていないのか話が来ない。(笑)
可愛い女の子が表彰式に出てきた格好は膝のところの縦糸が無くて破れていた。私が作業着にしているものと同じ程度の破れだった。しかし破れ方は似ているようだが彼女の膝付近からは生活臭が出ていない。一方私の破れからは何処と無く生活感が漂っている。この差を着こなしと言うのだろうか。

 先日ダンス練習中に”これは新しいジーンズですか。"と聞かれた。ダンス練習には一番上の格のGパンを着ているツモリなので何時でもジョートーGパンですヨ。
ダンスシューズを買いに行った時もGパン姿だった、お店のマダムから”まさか練習もGパンでは無いですよね。”と言われた。私は曖昧に笑った。その通りですと答えたら、ダンス用スラックスを売りつけられただろう。

 ダンスではやはりダメかな、カントリーミュージックなら問題無いだろうけど。

学習発表会

 下の娘が小学生のときの話です。
鍵盤ハーモニカを習う頃なので2年生だったか3年生だったかその頃の学習発表会でのこと、娘のクラスは全員で器楽演奏をした。
我々の時代は学習発表会とは言わないで学芸会と称していた。学年主体で劇や音楽・遊戯の発表があり、それに出られるのは選ばれた人だけだった。劇で「そうだ、そうだ」とほんのひと言声を揃えて発言する役、つまりその他大勢の役でも選ばれた人であった。大多数の生徒は出演できずに見るだけだった。
私は学校の器楽クラブに入ってハモニカを吹いていたので学芸会に出られた。

 今の子供たちは全員が何らかの役割で出番がある、平等主義というか全員参加を至上命題としているのか今の時代の教育がそうなのだろう。 そのおかげで娘も出ることができた。もし娘が出なければ私はその学習発表会を見に行かなかった出あろう。現代の親はそういうものです。(笑)
 娘は鍵盤ハーモニカのパートで出た。私は最前列に陣取り娘の姿が見えたのでしきりに合図した。娘は親が何処にいるのか気になったのであろう直ぐ私に気付いた。
そこで私は鼻の穴に親指を突っ込んで人差し指を目の下にあててオカシナ顔を作った。それを見た娘がプッと噴きだし顔を背けた。しかし親が気になるようで又こちらを見る、すかさず私は妙な顔を作る、娘は先生のほうを見るということを2,3回繰り返した。

 これは演奏が始まる前のことである。演奏が始まってからも娘はチラチラこちらを見る、それに合わせて私もヘンな顔作りをすると慌てて顔を背けて指揮を取る先生を向くのでそれを見て私たち家族は笑った。
さて学習発表会が終わって、娘から文句を言われた。
「ひとが一生懸命やろうとするのに笑わせてシッパイさせようとする親がいるか。」
”まあまあ励ます意味でやったのだから・・・演奏する時はチャンと先生に注目いなければいけない。”とか何とか好い加減なことを言うてごまかした。

 考えてみると我が子が一所懸命演じようとするのにそれに水を差すような事をする親は少ないだろう。本気でシッパイさせようなんてこれポッチもありません。チョットからかっただけです。
今でも語り草となっている。

万年筆

 テレビを見ての受け売りだが、セルロイドは樟脳と綿花を合成して作るらしい。今どきセルロイドなんてものを見る機会は無い。セルロイドという言葉も死語になってしまった、セルロイド製品は今の世でも何かあるのだろうか。

 子どもの頃の下敷はセルロイドだった。高校の頃新素材の下敷が出て、それには燃えませんと記されていた。それでクラスの誰だったか火をつけたヤツがいた。燃えなかったけどグニャグニャとろとろになって溶けてしまった。

 化学という教科に接してまだ間が無かった頃だったので、燃えることを酸化することと同義語と捉えるならこの表記は間違っていると俄仕込みの説を話し合った事を思い出した。セルロイドは燃えやすかったが、オモチャの素材としても使われていた。

♪ 青い眼をした
  お人形は
  アメリカ生れの
  セルロイド ♪

今では何の用途で使われているのだろうか。

 万年筆の本体はセルロイドであるという、テレビでも職人が万年筆を削り出す場面があった。今どき万年筆を使う人を見かけない。中学から高校の頃は万年筆というのを持っていた。スポイトでインクを補充するものからポンプ式になり、その後カートリッジ式になった。ペン先も5Kとか18Kと刻まれていて自慢した覚えもある。

 人気ブランドはパーカーでその他にセーファー、モンブランというメーカーもあった。国産ではパイロットだったかな、あの頃は舶来品全盛時代で5ドルも出せばアチラものが買えたので国産品は安物といういめーじだった。
名前を彫る機械も様子も珍しく店先で掘っているのを見ると飽きずに眺めていた。

 飛行機に載る場合、気圧の関係で万年筆からインクが漏れる場合があるため、万年筆を入れる袋が座席に備えてあった。漏れといえば遊んでいるときキャップが緩んでインクが漏れてシャツがダメになったこともあった。

 何時の頃から万年筆が姿を消したのか、万年筆にはブランド力があったがそれに替わったボールペンにも有名ブランドはあるのだろうか。変わり目の頃は万年筆とボールペンがセットになって箱に入っていたが、今でもセーファーなどではそのようにして売っているのか。万年筆にもブランドにも縁が無くなった今日この頃その方面の様子が全く分かりません。

 全ての面で機能重視になっている、原因はニンゲンが出来てきたというより、金力財力の影響が大きい。何で書くか、ではなく書ければ良いになってしまった。

何を如何に書くべきかを問題にすべきだろうけど。(笑)

つゆとユッカヌヒー

 テレビで梅雨というい文字の解説をしていた。梅雨をどうして梅雨と書くかということであった。黴と関係もあるという、黴雨でツユと読んだ時代もあったようだ、文字面から分かる気もした。

 ウチナーでは雨の多い時期をスーマン・ボースーと表現していた、小満と芒種のことです。今ウチナーはツユ真っ最中というところです。今年は異常気象なのかあるいはウチナーの中での地域差なのか私が住んでいるナーファ、本島南部に位置する那覇市では雨が降らないのです。毎日のように雨マークが付いているのですが雨は降らない、時々大粒の雨がドサ~ッと降るが短時間で終わってしまう。

 このニ三日は雨が降っているが、先日旧の4月27日、新暦では6月12日にハーリー鐘が鳴った。ハーリー鐘とともに雨が上がると言われているのでこのツユもあと1週間で終り梅雨前線はヤマトの方に北上することだろう。
梅雨と実感することも無く明けてしまうのは、生活するうえでは晴れるので良いことだが気象全体ではどうなのだろう。水がめは大丈夫なのか、私が心配してもしょうがないけど気に掛かる。

 今年のユッカヌヒーは来週月曜日(6月18日)になる、雨のハーリーも記憶にはあるが、だいたい晴れの日となっている、さて今年も晴れるか。

運転技術とマナー

 クルマの性能は以前ーわたしの若い頃ーと比べると格段に良くなった。
まずパワーハンドル、かつては大型車両や高級車にしか付いていなかった。新車購入時にパワーステアリングにしますか? とオプションの可否を聞かれたものだった。同一車種でも上のクラスは標準装備で下位はオプションとなっていた。ワンボックスカーの購入時にパワステにしなかった、そのおかげで私は低速運行でカーブを切るとき腕のパワーが必要となった。逆のパワステ、(マン)パワーハンドルとなった。
今は乗用車のほぼ全車種がパワーハンドルとなったので「今はむかし」の話となってしまった。

 パワーハンドルは標準装備となるにつれて運転技術が落ちてきた感じだ。特に目立つのが”切りかえし"、例えば車庫からバックで出て前進に移る前の停車寸前にハンドルを逆に切りなおすこと、つまり切りかえしをしない人が多くなった。
かつてのクルマはハンドル操作が重くて停車時にハンドルを動かすのは困難だった。それ故クルマが未だ動いている間に急いでハンドル操作した。今では停車時でもハンドルを動かせばそれに連れてタイヤも動くので切り返しを意識することが少なくなったのだろう。完全ストップした車をゴリゴリとタイヤの向きを変えているのを度々目にする。女性が多い、このような基本的なことはクルマの性能アップとは関係なく技術修得はさせたいものだ。

 学生の頃ヤマトの片田舎でバスに乗った時のこと、道巾が狭くてず~っと追い越し禁止となっていた。バスは決められた時間通りに運行するのでゆっくり走る。当然後ろに行列ができる、しかしバスが右折のサインを出すと次々と追い抜いていく。初めは訳が分からなかったが何回かそういう事を繰り返していくうちに気付いた。バスの運転手は前方からクルマが来ずに安全が確かめられた時は後ろの車に追い抜けと合図を送っていたのだ。
追い越し禁止区間で追い抜かせるのは生活の知恵だろう、バスの定時運行と後続車両の行列とイライラ解消に役立つ、こういうフレキシブルな庶民感覚は事故を抑止する効果があると思った。

 今でも続いているだろうか。

首飾り

 ネックレスの効用には何があるか。
これまネックレスをぶら下げていて得したとか良かったという経験は無い。裸で居るときアラン・ドロンのようにカッコイーなんて目で見ているだろうか。(笑)
首からぶら下げているのがあるからサウナで腹の回りに土星の輪のようにくっ付いている中性脂肪に目が行かずネックレスに目が行くという利点はあるだろう。

 サウナでは金属が熱せられて肌に触れるとピリッと痛くなる。そこでネックレスと常に胸に密着させておくか、アタマや首から流れ落ちる汗を上手い具合に鎖を伝わらせるようにするとそれほど高温にはならない。
サウナに座っている時は前屈みになって汗を鎖に誘導して時間を潰している。他人が知らない時間潰しのアイテムとなっている。

 また鎖の穴に産毛か髪の毛が入り込んで引っぱられてチクチク痛みを感じることが間々ある。妻に聞くとそのような経験は無いと言う。穴の形状が良くないのか女性は毛が無いからなのか。

 ある時首から胸に掛けてアセモのような湿疹が出来たので外して妻に預けた。外出中だったので妻のバッグに入れた。後日、それも何日も経ってから思い出して受け取った。その時ネックレスから異様な臭いが出ているのに気付き二人で顔を見合わせた。毎日首に掛けているので鎖の穴に汚れが溜まりそこに雑菌が繁殖したのだろう。コップにカルキを入れて滅菌消毒した。オマエのバッグは雑菌醸成に最適な環境だと言うたらムッとしていた。
いや~臭かった。
 彼女がそっと寄ってくるのを優しく抱きしめようとした時首筋から異様な臭いが漂ってきたら・・・それ以来ネックレスを小まめに滅菌している。しかしロマンチックなシチュエーションには未だ恵まれない。

トイレットぺーぱー考

 「きっこの日記」を読んでいたらトイレットペーパーという文字が目に入った。もちろん彼女の話の本筋ではない。しかしトイレットペーパーについて先ほど座っている時に思い付いたことがあるのだ。我が家はウォッシュレットではないが他所で水がシュ~ッと出てくるのを使った時のことです。尻を洗ったあとトイレットペーパーで水を拭きとるが、水でボロボロになった紙のカスが知りにくっ付いている感じがする。

 トイレットペーパーは水に流れ易くする為の工夫がされているだろう。紙としての使い心地は良くて、かつ水に溶ける。むかしティッシュペーパーは分解しにくいのでトイレに流さないようにという注意があった。今はどうなんだろう。

 ニッポンの技術力はスゴイ、ウォッシュレット用のトイレットーパーが開発されても良いのにと思ったばかりだったのです。尻に付いた水を拭くときはしっかりしていて、便器に落とした後は容易に溶けて分解する性質の紙を開発したらいい。スーパーの目玉商品に度々登場するトイレットペーパーだが、提案するような特性を持たすと差別化商品として高くても売れると思う。

 トイレットペーパーに関してもう1件思い付いたものがある。それは紙を引っ張り出す時波を打たせるような工夫がなされたペーパーホルダーの商品化です。
トイレットペーパーを使い切る寸前は波型が刻まれて出てくる経験はあるでしょう。その時同じ回数巻くと厚く感じるので巻き戻すこともある。つまり波を打たせると厚く感じるので使用量が減ることに繋がる。

 このアイディアは如何でしょうか。
欲を言えば、波を打ったものを外側は平たいので包む方式がいい。ペーパーホルダーはけっこう高いものです。このような付加価値(?)を付けた商品開発をする人はいないかな。

認識票

 財産の種類はたくさんある、物質的精神的その他諸々というところか。
財産の無い人は「金には替えられない財産です。」という表現でいろいろなモノを挙げる、もちろん金を持っている人もそういう発言をするけど、その時の表情やモノゴシはやはりゆとりがある。

 さて今回の財産の話は私の財産と思われるものの話です。
財産、実はあるのです。精神的なモノとは別にいわゆる財産といわれる貴金属があるのです。その唯一の財産とは首飾り、ネックレスと言う方が通りが良いでようか、そのネックレスが1本あるのです。10年前に作りました、私が欲しい形のものが無かったので懇意にしている宝石屋さんにアレコレ注文をつけて作ったものです。

 素材を金にしようという提案もあったのですが、金は何処から見ても金なのであの金ピカが好きじゃないので白っぽいのにしました。あの頃は毎日というほどサウナに通っていたので裸になってチャラチャラするのに抵抗があったのです。名前と連絡先を入れたかったので鎖の先にプレートを作って入れてもらいました。アメリカ兵が首からぶら下げている認識番号票と同じ役割と思えばいいでしょう。
当時は外国旅行で行方不明になった時白骨に首輪が下がっていてそれに刻印された記号から身元が分かる・・・というイメージで作った。しかし今では認知症になって徘徊した時の身元確認の役立つことでしょう。

 素材は腐食しないもので白っぽいもの、認識番号票をぶら下げるので頑丈な作りでと注文して出来上がったら重い。量ってみたら60gある。慣れるまで首が重くまた鎖の穴に髪の毛が入るのか痛い。それでもせっかく作ったのだからと毎日ぶら下げているうちに慣れてしまった。
 当時は払えるだけの収入がある予定だったので作らせたが、信用で数回の分割払いにしてもらったが仕事がある事情で挫折して支払にキュウキュウした。それでも何とか支払を済ませが高い買い物だった。

 先日偽金塊のニュースを見ていると金が1g2600円もしている、すると私の首飾りは幾らになるのかと新聞で市況をみると1g5000円チョットする。あの重さに750/1000掛けると地金の重量が出る、それに単価を掛けて、加工料を加えると買った値段は妥当な金額である、と結論付けた。

 誰もがこのネックレスをステンレスと思っている、私にはそれが相応しいと無意識に考えているのだろう。私も”何処で手に入れたの?”と聞かれると、国際通りの道端に坐ってアクセサリーを手作り販売しているヒッピー風の若者からと答えている。
認識番号プレートだからそれでいい。

ギア付きのクルマ

 久しぶりにギア付きの車を運転した、2tダンプで木製の小さな小屋を運んだのです。
このところオートマチックの車だけを運転しているので半年か1年ぶりのマニアル車は慎重運転になる。エンジン始動の前にクラッチを踏み込みギアを外してニユートラルに持ってきた、ニュートラル位置は2・3速の間にあった。バックは左上で5速まである、荷物が軽いので2速からスタートしてもかまわないだろう。

 スタートさせて3にギアを入れるが信号に引っかかる、ニュートラルに戻す、スタートし右折するがハンドルの切れが良い、4速まで入れたところでカーブが出てきたのでエンジンブレーキを掛ける。小屋は固定していないので急ブレーキをかけると荷台で滑りそうなので止まる時やカーブでは気をつける。暫らく走っているとトラックのクセもつかめてて快調な運転となる。

 ギアチェンジにハンドル捌き、気持がいい車を運転している気分になる。オートマではたんに移動している気分にしかならないが、マニアル車は運転している実感が手や足を通して伝わってくる。運転しているのは小型ダンプだが気分はスポーツカー並みにハイになった。

 オートマになって運転がラクになったのは確かだ、特に混雑している時のギアチェンジは面倒だった。今では右足をブレーキとアクセルを踏み分けるだけで済む、クラッチを踏んでレバーチェンジして発信させるとエンストなんてことも無くなった。坂道発進の際のドキドキハラハラも無くなったうえ、女性ドライバーの後ろに坂道であってもフツーの車間距離で停車できる。(笑)

 短い距離の運転だったが充分楽しめました。車を走らすとはあのような気分を言うのだろう。たまにはギアをガチャガチャいわせながらエンジンブレーキだ、加速だと走らせるべきだ。でも周りにあるマニアル車はトラックしかない、もう少しカッコウの良いクルマはないか・・・

ダンス

これまで先輩方の話を聞きビデオを見たり本も読んだ、それなのに基本のキが全くなっていないことを思い知らされた。自分が出来ていたとは言わない、こうであろうという姿勢を保っていたツモリだったのに立ち方から違っていた。重心の位置の取り方が間違っている。指摘されて良かった、このままマチガイを通していたらオジーダンスになってしまうところだった。

ダンス
 ダンスは週に2回通っている。サークルが別なので先生も違う、しかし練習する種目がたまたま同じになっている。主にルンバを仕上げている時に向うのクラスもルンバで、最近ワルツを復習するようになったら、こちらのクラスもワルツに入った。習う身にとっては予習・復習になって具合がいい。

 私はどちらかというとクラス内では向上心があると見られている、いろいろ質問するからだろう。先輩方は親切に教えてくれる、とてもありがたいことです。ヘタでも先輩方に教えを乞うと教え易いようだ、数年先輩でも自己流に踊っている人には注意をし辛い様でフォームについてアレコレ言わない。しかし私にはよく注意をする、ダンスはフォームだと思っているのでフォームを注意されるのは嬉しい。上手いフォーム・ポーズを真似るのはムツカシイ、しかし正しい形が分かっていれば時々は意識してそのポーズをとれるのがいいのだ。

 実際踊り始める前は立ち方、手の位置それにお腹をへっこめて顔は左を向きさらに上の法へ目をやる、そして・・・とアレコレ考えているが2.3歩歩き出すと先ほど頭に思い浮かべたことは何処へ行ったのやら、身体がガタピシになってしまう。繰り返しの練習が必要なのだろう。

やぶにらみ

 先日福井の警官が何者かに刺されたニュースはおかしいと書いたが、やはりオマワリによる自作自演の猿芝居だった。捜査状況の続報が無かったが、担当した上層部は如何に影響軽微なように発表するかタイミングを見ていたのだろう。
シロートの私が直ぐ疑ったのだから、プロの捜査員は見抜いていただろう。仕事疲れによるノイローゼはどの職場でもあるといことだろう。近頃ノイローゼという言葉を聞かない、もっと新しい言葉に置き換わったのか。新しい言葉は何だろう、何とかシンドローム・症候群と呼ぶのかな。

 年金の時効特例法がサッサとロクな審議もせず、原因追求に蓋をする如く異例な状況で国会を通過した。政府は時効を撤廃して受給権者に早く支給したいなんて事を恥ずかしげも無く言うている。こういう風に騙され続けても権力に擦り寄っていく視野の狭い人々にはゲンナリする。
目を開き耳をほじくって考えなさいヨ、まったく。

 台湾の李登輝さんが観光旅行として奥の細道を歩いているようだが、ヤスクニにお参りしたいとの報道も一部なされた。中国と張り合うために親日振りを発揮するのもいいが、高砂義勇軍の軍人恩給問題などに言及する方がいいと思う。犬死させられてヤスクニに祀られて、その後ニッポン政府に捨てられてた高砂族の皆さんの為に尽力した方がいい。

 強制労働の対価支払、その他の事案が時効を理由に裁判所で退けられている。ニッポンの法律の時効なんて提案して翌日には委員会通過、本会議も通ってしまうのだからそれほど重みは無い。
ただし票になると判断されなければならないけど。ニッポンの権力者の思惑や国民の民度はその程度なのだ。

おかしさとは

 哀しみの中にある可笑しさ、これは本当に笑える。
必死になればなるほど傍から見るとピントが外れているように見えて可笑しくなる。笑ってはいけないのだけど笑ってしまう。本当のワライはこういうのを言うのだろう。

 我が身とダブってしまい、笑って済まさざるを得ないが哀しいね~
しかし世の庶民・貧民の動物的忠誠心には恐れ入る。笑われていることも感じずに体制翼賛的に権力に熱烈支持を与えているのだから。

アタマの中の目で見つめねば何事も見えないようだ。
かなしいね~
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MP3で聴く怪曲「そして安倍」
http://www.fanto.org/music/abe.mp3

替え歌だが上手くできている。
笑えるが、ホントに笑って済ませて良いものか・・・

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007053001000478.html
東京新聞
平均所得、過去17年で最低 563万、過半数が生活苦
2007年5月30日 16時48分

2005年の1世帯当たりの平均所得は563万8000円で、平成になった1989年以降の17年間で最低だったことが30日、厚生労働省が発表した国民生活基礎調査(概況)で分かった。「生活が苦しい」と回答した世帯数は調査を始めた86年以降で最多の56・3%。9年連続で過半数を占めた。

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