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まご

 娘、長女が二人目の出産を控えて我が家の一部屋を整理し始めている。ひと月前から掃除から始めてベッドの組み立て、赤ちゃんグッズを入れる箱を並べている。風呂場も除菌消毒のつもりか壁を全面洗い流した。
全て赤ちゃんのためだろうが、それほど不潔に見えるのかな我が家は。

 先ほど電話の呼び鈴で起こされた、お腹が痛くなったらしい。妻は出かけた孫の面倒を見るために。起きたら連れて来るだろう。毎日のようにここに遊びに来るので来ることに問題は無いが、孫が来ると私の個人的な時間が潰される。相手をしてあげないと機嫌が悪くなる、機嫌が悪くなる前に手を引っぱり自分の遊びに私を引きづりこむ。孫の相手よりPCに向かっているほうが楽しいのに。

 ”おじいちゃん・おばあちゃんに会いにいくの・・”と答えているシーンが恒例の連休報道であった。たまに会うのなら好いだろうがねエ~と思う毎日である。妻ともそのシーンを見ながら笑った。暫らくすると「これから行くから」との電話があった。来なくてもいいよ、と言うても来るからしょうがない。

 私は子ども心が分かり、子供のやりたい事をしてあげるので孫たちから好かれると自負している。こどもが好きな事をさせてあげればいい、それにチョット危険な事をさせてあげればいい、カンタンな事だ。3歳に近くなってからはオートバイに乗せてるようになった。バイクに乗るのは楽しいらしく孫たちに大うけしている、内孫は保育園までオートバイに乗せてちょうだいと朝から来る。

 私のカブは益々上がっている。その事が自分の首を絞めるので程ほどにしなければと思うも手遅れのようだ。
その孫の相手をこの連休中引き受けざるを得なくなったようだ。連休だけに留まらず娘が我が家に滞在する当分の間続きそうだ。

 今日中に4人目の孫誕生となるか。
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アセス

 久しぶりに県への抗議行動に参加した。
辺野古基地新設に伴う海域調査を防衛施設庁が強行してきた。そもそもこのような調査は環境アセスメント法によって行なわねばならない。それなのに事前調査と称して調査を行なおうとしている。順序が逆だ。言葉は事前調査をしてそのデータをアセスで使うと件の土木部長が発言しているが、アセスはそれらのデータを求める為にどのような調査をするのか、という段階から始めなければならない。順所が逆だ。

 国は着工を急ぎたいが為に事前調査と如何にもよい事をしているかのごとく振る舞っているが、法の趣旨に反している。このようなことは新石垣空港でも行なわれている、だから問題をより大きくするのだ。法に則って行政を進めなければ問題が起きて泥沼になるのは過去の例から見て必至である。

 国は強権で突破でき、県民世論は捻じ伏せられると考えているだろうが、力で押さえられないものもあるのだ。成田空港を見てみろ、もう40年を越えるのに未だに建設の第一歩のボタンの掛け違いが尾を引いている。その時はどうにか辻褄を合わせてもシコリは何時までも残り事を複雑にするだけだ。
甘く見てはイケマセン。

 原発を見て御覧なさい。建設するための公聴会は機動隊に守られてアリバイ作り的に行なわれた、それも反対派を締め出して。近頃ボロボロ出てくる事故隠しはそういう状況で住民無視して建設を強行したことの結果なのだ。
アンゼンだ、事故は起こらないと強弁した結果、事故が起きてもアリマセンとしか言えないのだ。言い訳はありえないミス・事故でした、でしかない。100%アリマセンなんて事はあり得ない、せめてコンマ1%程度はあります、と説明してその際はこういう措置をとるので大丈夫ですと言うべきだった。
 政府による今回の辺野古のアセス無視の行動は、近い将来何らかの不都合を生じる原因になるだろう。

私は反対運動に参加している、役割はアタマ数の一人と思っている。その他大勢の部類だが交渉で交わされる発言を聞いていて、県は国の言いなりになるな、もっと主体性を持って政府に当たれと思う。
法律を捻じ曲げてまで基地新設を急ぐな、そんなに金が欲しければ金とリンクした基地新設だが金の持ち逃げ、国から金だけを取って基地を造らない方策を考えなさい。オレオレ詐欺のようにフリをせよ、と言いたい。

 騙されたフリをして騙そうよ、クニを。(笑)

身体の点検

 健康シェイプアップ教室へ通い始めて1年何ヶ月か経った。
トレーニング記録表、血圧・体重を始めバイクやウォーキングマシンの負荷やカロリー消費量にその日の器具を使うトレーニングの負荷と使用機種が指示された一覧表である、その記録表は1枚10回分が記録される。

 気が付けば今日で11枚目の9回目となっている。109回、出来るだけ週2回は行こうと思っているけど、それを果たすのは難しい。用事がある時、忙しい時は行けなくとも気にしない、義務と思わず気張らずに続けることを心がけてきた。楽しみながらやってきたのでこれからも続くと思う。

 始めた頃は62Kgをチョット下回る体重が今では59Kgを下回って安定している、あと3Kgは減らしなさいという声が強いが、それはカンタンなことでは無いので目標にはしない、しかし胴回りの土星の輪のような見っとも無いモノはどうにかしたい。それこそタイヘン難しい事は分かっているので願望ということにしておこう。
私は平日の昼間に通っているので、同じ時間帯に来る人も年配者が多い。その所為かトレーナーは持久力に主眼を置いているようだ。要望欄には”筋力アップ"と書いたがその点を考慮した内容になっているかどうか疑問を持っている。
そこで私は負荷を勝手に各マシンともプラス10ポンドしてやっている。筋トレにはその方が効果的だと思うからです。 
 
 トレーニングしながら自分の身体の頭の天辺からつま先まで改めて調べてみた。そんな大袈裟なことではないがチェック程度のことです。
頭はナカミではなく外側の方、白髪は混じっているが年相応というところ、フケ痒みも無し。
目は老眼になっているがメガネの度数は1.5で間に合わせている、時と場合によっては2.0が欲しい場合もある。近頃目ヤニを感じるが洗顔時に洗い流せない、気のせいだろうか。
鼻はこの2週間風邪なのか咳と痰が出て水っ洟もでる。何処が悪いというものでは無さそうだ。
口、入れ歯は定期的に上里先生にチェックしてもらう必要がありそうだ。依頼された仕事を放っているので行きにくい。
耳は未だ聞こえているツモリだが、ある種の音、主にバイクの音だがそれが癇に障る。これこそ年の所為だろう。その種類のバイクが来たら出来るだけ離れるようにしている。
右腕の付け根のキズは完治しているが、縫われた分皮と肉が突っ張っている。ストレッチで伸ばすときキズがあるのを感じる。
左手の中指、木工機械の刃で切った箇所が他の指先とは違う感じ方をする。皮が薄くなり神経に直接触れている感触だ。
痒み、ウデと背中の一部が老人性乾燥肌で痒みを感じる。哲時先生の診断を受けて薬を貰って来なければ・・・
右手の肘が何かの拍子に痛くなる。これこそマシンの負荷が過重なのか?
左足の膝は1昨年のスキーの後遺症で少々の痛みを感じる時がある。
水虫は数年前から完治状態といえる。

内臓については、体脂肪率が20前後なのでそれはOK、コレステロール値はたぶん140近くのままでしょう。あれはどう対処すべきか自分で納得のいく対処法がわからないのでそのままにしている。

 60年余も経過すると鍛えたわけで無いこの身体ガタが来てもフツーといことでしょう。若い頃から肉体的にはグータラ生活なので今頃になって焦る面はあるけど、この年にしてはフツーということで逃げれる程度だろ思っている。

 つまらない事を書いたが。、たまには自分の身体と向き合うのもいい。
シークァーサーの濃縮ジュースを入れたアワモリは爽やかな味で健康飲料と呼んでもおかしくない。うりずんの季節に相応しい飲み方だ。

コシはどこ?

 二ヶ所の公民館でダンスを楽しんでいる、教える先生が違うので指導法が違うしサークルの雰囲気も違う。それぞれの違いが面白い。練習は先生の頭にあるルーティンを何回かに分けて少しずつ覚えていくのがだが、家で復習しようと思っても帰るまでには習ったフィガーを忘れているので練習できない。運動感覚が鈍いのか年の所為なのか忘れるのはしょうがないけど皆から遅れるのは面白くない、そこでフィガー、ルーティンを記録することにした。
 フィガー名を知らないので自分勝手にメモしてそれを先輩方に確認し、最終的に先生に先生の添削を受けた。それを元にして家でも練習できたので発表会に間に合った。

 発表会と言うのは毎年年度末に近づくと公民館の成果を広く知らしめる為に、公民館を利用している全てのサークルの発表会である。様々な会がありその数は数十になるでしょう。ダンスのサークルだけでも7~8グループある。ダンスの発表は合同のダンスパーティが開かれるのでそこで披露される。あまり知られていないパソ・ドプレとかサンバを出し物に選べば他のグループもよく知らないので上手いヘタが判別しにくい。しかしタンゴやワルツとなると皆の目が肥えているというか馴染みの踊りなので見せる踊りをするにはチョットした工夫が必要のようだ。

 公民館の発表会は老人クラブの学芸会のようなものなの、上手くは無いが一生懸命さを見てもらうようなものである。水曜日クラスの先生はその辺りを意識しているのか組み立て方が上手い。イチバン新参者で経歴も浅い私が言うのもヘンだが見せる踊りをさせる。
 本で読んだのだかブログかHPだったかに、若い人がダンスをしなくなったのはルンバを踊る時の大袈裟とも思える手の動きがテレを感じさせ躊躇させるのだろう、とあった。その手の動き腰の動きをテレを隠して臆面も無く踊っている我々はやはり年寄りか。(笑)
先生は照れるような振り付けを平気でやり、我々もそれを踊る、どっちもどっちだ。後日教師同士の集まりで「ようあんな振り付けに付いてくるネ」と言われたので、うちの生徒は”面の皮が厚いのか何とも感じていないようヨ”と答えたそうだ。
それを聞いて私たちは大笑い。

 あの時はタンゴだった、タンゴなんて基本の動きは同じだが先生のルーティンはイントロが男女別々に離れて動き、中盤はフツーで踊りその後男性はシャドー、女性はフロアをくるくる回り、フィナーレは一緒に動くという流れだった。パーティで踊って楽しむというより見せる踊りだった。

 そのフィナーレは女性が腰を曲げてそっくり返り、男性が腰を支える場面で終わる。練習中にパートナーが文句を言う、踊りにくい、身体を曲げたいのに手が邪魔で倒れないとのこと。
先生は「背中ではなく腰に手を当てるのですヨ」と念を押す。
思わず”腰とは何処ですか”と言うと即座に
「シツレイね!」との声。

彼女の体型はトリスおじさんとは言わないが、まあそれに近くなっている。しかし私が聞きたかったのは尻の上部から肩甲骨の下あたりまでのどの部分手を添えればいいのかを聞きたかったのだ。たしかに女性の体型は着ている服装の所為だけでなくガマク小に肉が付いているので何処がコシなのか分かりにくい。それでも女性に対してそのようなシツレイな事を口にはしない。
ゴカイだ~

政治家の発言

 私は自民党の政治家が過去の人物になるとその人の発言に共感してくる。加藤元幹事長もそうだ、彼が幹事長の時は感じなかったが、潰れた後の発言は的を得ていると思う。自民党を背負っているときは党の体質が出て、離れたら”個人”が出るからそう思うのだろうか。逆に私が色眼鏡で見ているのか。

メモして、過去ログから再掲しておこう。
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http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007041800924
2007/04/18-19:20 慰安婦決議阻止の有志訪米に懸念=自民・加藤氏

 自民党の加藤紘一元幹事長は18日午後、CS番組の収録で、従軍慰安婦問題をめぐり連休中に訪米し、日本政府への謝罪要求決議案の採択阻止を働き掛ける同党有志議員の計画について「(26日からの)首相訪米が終わった後に、乾いている枯れ草にたいまつを持っていくような議論になりはしないか」と述べ、かえって米国内の批判が高まるとの懸念を示した。
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野中広務

野中を好きではなかった。
あの傲慢ともいえる恫喝、なぜ自分の(政府の)意思をごり押しするのに
恫喝、脅迫するのか。

ところが近頃彼の言葉を読むに、意外な一面を見る。
例えば

一九八二年(昭和五十七年)三月、京都市の京都会館(旧岡崎公会堂)で全国水平社創立六〇周年記念集会が開かれたときだった。

来賓として壇上に立った京都府副知事の野中はこう挨拶した。

「全水創立から六十年ののち、部落解放のために集会を開かなければならない今日の悲しい現実を行政の一端をあずかる一人として心からおわびします。私ごとですが、私も部落に生まれた一人です。私は部落民をダシにして利権あさりをしてみたり、あるいはそれによって政党の組織拡大の手段に使う人を憎みます。そういう運動を続けているかぎり、部落解放は閉ざされ、差別の再生産が繰り返されていくのであります。六十年後に再びここで集会を開くことがないよう、京都府政は部落解放同盟と力を合わせて、部落解放の道を進むことを厳粛にお誓いします」
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何処からの引用か忘れたが次のような発言もある。
野中は、昭和三十七年(一九六二)沖縄の那覇空港に降り立った。当時は占領下で、米軍飛行場の片鱗にある民間飛行場のようだ、と感じながらタクシーで宜野湾(ぎのわん)市に向かっていた。

京都府出身の部隊が終戦間際、最激戦地・宜野湾で猛攻撃を受け、二千五百余人が戦死した。その慰霊碑を嘉数(かかず)の丘に建立しようと考え、訪問したのだった。

その途中、タクシーの運転手が突然、ブレーキを強く踏んで車を停め「あそこのサトウキビ畑で私の妹が殺された」と言ったかと思うと、急に泣き出した。号泣はしばらく止まらなかった。

報告をしたあと野中は突然、声を高めて「この際、一言、発言をお許しいただきたい」と述べ、本会議場が一瞬静まるなか、タクシー運転手の心情に触れたあと、異例の演説をした。   

その時の光景を思いながら日米安保体制の堅持がここに新しい一歩をしるすとともに、沖縄について様々な振興策が、今日まで橋本総理を先頭に誠実に行われてまいりましたけれども、これから長い歴史の中で、たいへんな痛みと犠牲と傷を負ってきた沖縄県民に対して、この法律が新しい沖縄振興のスタートになりますように、そして多くの皆さんのご賛同を得てこの法律は成立しようとしています。しかし、この法律がこれから沖縄県民の上に軍靴で踏みにじるような、そんな結果にならないことを、そして、私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ大政翼賛会のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります

2004年07月18日 07時30分19秒

どうしよう

今朝は大雨
土砂降りの中を孫二人を保育園に送って行った。この雨なので勿論妻も同伴です。バイクで行きたいというのを雨だからダメ、と車で行くのを納得させた。

その後は妻が車を使うので私にはバイクしか残されていない、それでこれからどういう行動をとろうかと迷っている。ヤケクソになって自転車で出かけようか、それとも素直に合羽を羽織ってバイクにしようか、それとも家で沈殿しようか。

思案しながらミクシーの他人の日記を読んでいると、みなさんストレスの無い生活を希求している、日常生活も仕事でも。ストレスを感じながら仕事をすると書いているが、ホントはそれを楽しんでいるのじゃなかろうか、と読みながら感じた。

 私はとっくにイヤな事はしないことにしている。そんなこと出来るか・・といわれるがやれば良いだけの話。やるにはそれだけの強い精神力が必要だが。実は強い精神力が無いからそうなるのだが。(笑)
精神力が強い人は困難に立ち向かう、私のような不甲斐ないセイシンを持っている人は直ぐアキラメて逃げる。
強い人はこのような弱い人にある種の憧れ的なものを持っているようだ。そう思うならヤレばいいのに。

 さて今日の雨の日を如何に過ごすか。雨をものともせず敢然と出かけようか。何かカッコ良いな。
雨に打たれるのも快感を感じるから体感しに行こうか、でも体調は芳しくない、咳が出て鼻水も出る。どうしよう・・・
この決断の無さがセイシンの弱さを表している、どうしよう・・・

ホームページ

 自分のホームページを持ちたくて古本屋で100円で買った「はじめてでもできるHTML入門」という本を読み始めた。”思いどおりのホームページがすぐ作れる!"とサブタイトルにあるので、読めばラクに開設できることを期待している。

 前々からホームページを持ちたいという希望はあった。自分自身の戯言・繰言の類はブログで発散できる、しかし伝えたいこと全てを読んでもらうにはブログは不向きである、不便だと思う。ブログは後から前に順序良く逆読みしなければならない。(笑)
順序だてて説明する内容のものには苛立ちを感じざるを得ない。

 私はカヤック作りのブログを始めた時にそれを感じた。当時は製作中だったので日々製作状況やそれに付随することを書くには、日記風でもよかったが、過去ログを読む場合はメンドウな面が出てくる。それで製作過程が系統立てて、あるいは項目別に読めるようなものが欲しくなった。

 また近頃高校時代にサブとして関わった学級新聞をかつてのクラスメイトに読んでもらいたいと思うようになった。この学級新聞「ぶちくん」は担任が保管していたのが残っているだけで私たち皆が忘れていた。妙な縁でその唯一残った「ぶちくん」が私の手元にきたのでクラスメイトに読んでもらいたいと思っている次第です。

 ガリ版刷りの新聞そのものが持つ歴史性は伝えられないけど内容だけならインターネットで伝えられる。ミクシーに全29ページ分を載せたたがミクシーという閉ざされたところ、それも日記風のものでは制約があるのでホームページで伝えたい。HPなら伝え方のバリエーションも広がる。
このような理由でHP開設の前準備を始めたのです。

 以前からHPを持とうとHTMLのことを調べていたので本に書かれていることは、まあ理解できる。考えてみるに新聞の各ページをHTML文書にするのは簡単だ、テキストファイルをワードで編集してhtml文書で保存したらOKだ、ということに気付いた。ではそれらの目次あるいはページから他のページへ跳ばすにはどうすればいいのか・・
この辺りが分かれば作れそうだ。

 勉強の結果ここまで分かったのであと少しという気持ちで頑張りましょう。何事も気楽に。

ダンスの姿勢

 ダンスサークルでの練習は和気藹々でたのしい。
1年も通っているのでメンバーに慣れたのでしょう。それに上手い人には積極的に質問して教えを乞うので、それが好感を持たれているようだ。踊る時の姿勢は基礎であり大切なものである、しかしどちらかというと疎かになりがちだ。5・6年も通っている先輩方でも踊る姿勢が美しく無い人がいる。女性よりも男性が目立つ。ルーティンは覚えていてひと通り踊れるが初心者の私が見ても”もっとシャンとして踊りなさい”と言いたくなる。私は踊るからには姿勢に気をつけたいと思っているので、ヘタな先輩方にはルーティンやフィガーを習い、上手い人には立ち方、歩き方を教えてもらっている。

 踊るというのはカッコウがイチバンだ。スムーズに踊るのは勿論だが、どのようなスタイルで踊るのか、が問題だと踊れもしない私は考えている。この年になって踊るのだからジイサン踊りなんてしたくない、他人が踊るのを見て踊り方の批評をしている私です。
 体力増強のために年金センターのジムに通っているが、隣の部屋ではダンス教室が開かれている。上級クラスの練習風景を見ても上手に踊っているけどフォームがなっていない人がいる。姿勢はグラグラで手もフニャフニャ、勿体無いせっかくあのように踊れるのにもう少し姿勢に気をつければ良いのにと思う人がいる。

 サークルでは姿勢を矯正しながら教えるのはムツカシイとのこと。まず時間が限られるのと姿勢の指導を厳しく行なうと止めて行く人が多くなると言われた。ダンスの楽しみ方の違いなのだろう。大会にでるわけでもなく、チョットしたパーティや何かの場所で踊れればいいという人が殆んどだから足型中心になる。

 私も大会に出るとか上手になってどうするという目的は無い、でも踊るからにはそれなりの姿勢で踊りたい、それだけです。
ダンスの基本に沿った歩き方は難しい、歩き方が出来たらダンスの90%は出来たといえるのではなかろうかと思うほどだ。加入している二箇所とも幸い今はルンバなので2.3.4~1と腰を入れて緩めて・・とやっているがそうカンタンに出来るものでもなし前途程遠し、まあ月単位ではなくて年単位の努力が必要でしょう。

 見えぬ先を目指して歩いています。
ウォーキング代わりに始めたダンスだが姿勢に気をつければ運動効果もでることを期待しています。

トレーニング

 通っているジムは社会保険センターで、1期4ヶ月で12.000円也、妻と金曜朝のクラスに通っている。
運動前のストレッチから始まり、ウォーキングマシンで歩くかバイクを漕いで器械器具を使った筋力トレーニングをして又ウォーキングマシンかバイクに乗り、ストレッチで終わるのが一般的なパターンである。使う器具の種類や負荷の掛け方はトレーナーが作る。マシンは20種以上あり1日7つのマシンを使うコースが毎日指示されている。二種類のコースを行く度に交互にこなし、全てをやり終えるのに1時間半から2時間近くかかる。

 私は一つのマシンを15回ずつやり、それを2セットすることにしている。負荷はトレーナーが指示するのだがチョット物足りなく感じるので自分勝手に負荷を強くする。男性は勝手に上げる人が多いとのこと。負荷の欄に自分が適したと思う数字を書き直せば次回からその数字=負荷にしてくれる。しかし自分勝手な負荷が毎回できるかどうか怪しいのでその日の調子によって調整しているのが現状だ。

 先日からマシンごとに負荷をプラスするのは次回まで覚えるのがタイヘンなので全て10ポンド指示された数字に加えることにした。けっこう堪える。筋力を鍛えるには筋肉を無理強いして繊維をを傷つけなければならないらしい。最大限の力の60%以上を6秒以上持続しなければ筋力増強にならないとも書いてあった。
10ポンド増やした数字が自分の筋力の何パーセントなのか分からないので、その本に記述されていた筋トレになっているかどうかあやしいものだ。

 ジムに通い始めて1年余、毎回血圧を体重・体脂肪を測定するが血圧は気にする数値ではない。体脂肪はバラつきがある。去った夏は18程度だった、それが今では順調に増えて22~23になった。トレーナーに順調に増えましたと言うと”ヘンだネ~”と言いながら笑っていた。トレーニングをすると必ず減るものではなくて正常値になると理解しておこう。
毎期末に体脂肪が落ちた人を表彰するが、順調に増えた人も表彰してもらいたいものだ。(笑)

選挙

 今年は統一選挙とかで世の中を賑わしていた。我が島ウチナーは去年が選挙の当たり年になる。1968年の三大選挙といわれた年からの廻り合わせである。
あの当時はみんなが必死になって選挙を戦ったものだ。本当に闘いであった。総合的な対策を進める本部から各地区、支部と一丸となって選挙運動をした。今となっては語り草、思い出話になっているが、選挙の重要性は当時も今も変わらない。

 選挙違反? 現行法でいえば殆んどが違反になるだろう。選挙民は愚民を前提に今の法律は作られている。選挙運動をするなと言うているのに等しい。それで選挙違反で捕まえられない最大の方法は勝つことである。勝てば権力を手に入れるので検挙しにくい。だから勝つしかない。

 まあこれはただの話として、当たり年は過ぎたとはいえ未だ選挙は続いている。普天間基地を抱える宜野湾市長選挙が始まる。普天間基地の即時閉鎖を求めている現市長を応援するためにお手伝いをすることにした。手伝いもポスター張りや政策ビラの各戸配布程度である。先日市民選対事務所へ行ったら、本日はポスター張りでしかもたった50枚を3名で行なうという。たったそれだけ! とひと言苦言を言う、50枚なら一人で充分だ。しかしせっかく来てくれた人を返すわけにもいかない、と係りの人は言うので、それもそうだし三名で出かけた。

 相手候補のポスターは既に多数貼られている、目ぼしい電柱は既に貼られているので脚立を持ってその上に張った。わたし個人的には大通りよりも路地に張りたいが目抜き通りに張りたい人もいるので妥協する。こういう事があるので単独行動したい。様々な人が各々の考えに従って運動することが多様性ある運動で総体的には支持率アップ、票の掘り起しになると思うので好き勝手な運動で良い。

 それほど大袈裟な話ではない、たんにお手伝いに行ったということだけです。選挙が終わるまで時間があれば又お手伝いに出かけます。10数キロメートル離れているが、担当する地域を我が家よりの地区を割当してもらえばラクになる。

勝ちたい選挙なので頑張ります。

鯉のぼり

 今朝鯉のぼりを上げた。
雛人形の片づけが遅れると嫁入りが遅れるといわれるので雛祭りが過ぎると直ぐに片付けようと思うもオキナワはこの時期天候が良くない。例年のことだが片付けは二十日過ぎになる。二人の娘も嫁いでいるので婚期が遅れることはもう無い。しかし昨年からは孫もいるのでそうとばかりは言うてもおれない。

 先々週片づけが終わったので、二人の孫に今度は男の子のお祭りで鯉のぼりだ、と話してあった。何時出すのかと心待ちにしていたようだ。矢車も組み立て竿に取り付けて何時でもOKの常態になっていた。
今朝保育園に行く前に立ち寄ったので一緒に泳がせた。風が無いのでダラリと垂れ下がったままだったが、それでも喜んでいた。園でも近所でもまだ立てていない、今年は一番乗りだ。保育園で自慢するだろう。

 3年前に買った鯉のぼりで、竿は10数年前息子がアマチュア無線を始めたときアンテナを張るために杉丸太を用いた、その残骸である。捨てるにも手間が掛かるので軒下においてあったのを再利用している。全体がササくれ立っているので鯉が引っかかる、それでガムテー王でグルグル巻きにした、一応の目的は果たせたが1年も経つとボロボロで見栄えが悪いがそのまま使っている。

 我が家はガラクタを置く場所があるだけマシだ。雛人形も台と人形をを箱詰めすると置き場所がけっこう必要となる。この人形は初めて女の子を産んだところにプレゼントすると子供たちに話していた、しかし住宅事情で持っていける訳が無い。そこで毎年我が家で飾り、我が家で雛祭りをしている。
 鯉のぼりもおなじ、自分の家では5~60cmのオモチャのようなものしか飾れないだろう。武者人形か兜飾りがせいぜいだろう。

 と、まあ鯉のぼりをあげる時期になりました。
これまでに見た鯉のぼり風景で印象に残っているのは、連休の合宿で祖母・傾山系へ行き下山途中に見た山間の農家の庭で泳いでいたものです。鯉のぼりだけでなく歌舞伎か相撲の幟が数本脇に立っていた。子供の名前が名前が書かれていたので親戚から贈られたのだろう。田園風景の中を悠々と泳ぐ鯉のぼりはこれまで見たことが無かったので疲れを忘れさせるほどのインパクトがあった。
 将来子供にはあのような鯉のぼりをしてやりたいものだと思った。でもあのような飾りつけはムリだよね。

ダンス ルーティン表

 サークルでのダンス練習はウォークのような基礎練習もあるが過去に完成させたルーティンに従って踊るのも多い。また新しいルーティンを少しずつ習っていく、この場合は全員が新しいことを習うのでフォームや動き方には差があるものの初心者の私も同列に並べる。

 サークルで完成されたルーティンは先生がこう踊りたいとか、ここで新しいフィガーを入れようとかで自由に創作するので他の場所では通用しない。つまり内輪でしか踊れないものを延々と時間を掛けて練習する。かつてはこの方法に反発して止めたが何処のサークルも同じような事をしているので諦めてこのやり方に付いて行く事にした。
 付いて行く事にしたけどルーティンは目で見て覚えなければならない。他人が踊るのを見て覚えるのはムツカシイ、ただ壁際で見ているだけならサークルに加入する意味が無いので邪魔にならないように一人で踊る。知らない者どうしで組むことがあるがアッチうろうろ、こっちウロウロの慌てふためく状況が続いているうちに曲が終わる。

 新しいルーティンを覚えようと家で復習を試みるもザンネンなことに家に帰るまでには忘れている。この状況を何とか打破する為にメモすることにした。しかし考えは良かったがフィガーの名前を知らない。先輩方に聞いても意外に知らないようだ、そこで本を借りてきて覚えている動きのフィガー名を調べ、インターネットで調べたり、名前が分からないものは動きを書き留めて一応作り、それを先生に加除訂正の筆を加えてもらいついでにSSQQとかのリズムまで書いてもらった。

 このルーティン表のおかげで「おさらい会」に間に合った。この時はタンゴ。
それで今後はこのようなモノを作ろうと思いPCに少しずつ入れている。でも最大の難点はフィガーの名前を知らないこと。先輩方も名前には無頓着のようで気にしていない。あの人たちは踊れるからいいのだろうが、初心者が質問しようにも共通して理解できる言葉が無いので意思疎通ができない、質問したいことが相手に伝わらない。
 不便を感じるし、一人で復習するためにも何とかルーティン表を完成させたい。それも皆さんが踊っている全ての種目で。

 そう思っていたらある人がルンバのそれを持っていた、自分で作ったのだろう。借りてコピーした。分からない動作が出てきたらこれを元に質問できる。皆さんは何故このようなモノを作らないのか不思議だ、物覚えが良いのかな。

 実際ルーティンを文章化しているが、考えていたほどカンタンでは無い。書いたものを先生に手直ししてもらいながら作ろう。
これが当面の目標です。実際の動きはどうなるの・・と言われれば、”んっ・・”と詰まるだけです

善い事をして白い目で・・

 何処の風呂場にも石鹸やシャンプーを置く台が取り付けられている、しかし我が家のバスルームにはそれが無い。壊れたのではなくて初めから取り付けられていなかった。石鹸やシャンプーはバスタブの縁に置けばいいのでそれほど気に留めずにいた。
それが娘が年頃になり自分専用のシャンプーを使うようになり、妻は所謂本物の石鹸を使うようになり、婆ちゃんは盆暮れのお供え用に貰った石鹸が良いとそれを使うようになったりで縁だけでは足りずに床に数本の容器が並ぶようになった。
 その状態が数年続き鬱陶しく思うようになったので、陶器製の受け皿を千数百円で買って振動ドリルで壁にビス止めした。作業はほんの僅かな時間で済んだ。

 ”あのような取付工事は道具さえあれば何てことは無い。”と末娘に言う。フロアはスッキリして物も取り易すく言うことナシになった。
 自慢げな顔の私に娘は言う、「お父さん、褒められると思っているでしょう。たったあれだけで済むことを10年も20年も放っておいたの・・!」
”ンっ・・?”褒められ感謝されると思ったのに怒りに満ちた声だ。
それで”いや・・アレは・・maxiのオジチャンが図面に書き忘れるからイケナイのだ。”と矛先を振ろうとしてもダメ、しょうがないので、”あのネ、人間は褒めて育てないといけないのだヨ、叱ってばかりいたら萎縮するヨ。だからお父さんはこんなに縮こまった生活をしているでしょう・・”と諭したり言い訳をしたりとタイヘンでした。
 せっかく使い勝手が良いようにしたのにこんなに不評ならヤル気を無くすよ全く。
数年前の話です。
 
 数少ない我が家のドアが開け閉めする度にギ~ギ~と音が出る、蝶番が錆び始めたようだ。油を注せば直ぐ直るけど例によって音が出始めて何年か放っていた。あまりに音がウルサクなったのでシュ~ッとひと吹き潤滑剤をかけると、当然音は丸っきりしなくなる。
娘が遊びに来たので”ね~ねネッ、あのドア音がしなく生ったでしょっ!”
結末は想像通りということにしておきます。

 つい先日の話です、テレビの映りが悪いので屋上のアンテナを確認したがマトモに立って方向もズレていない。風邪でアンテナの向きがズレルので紐で固定したのを忘れていた、ずれる筈が無い。電波受けのアルミの横棒が1本足りないのでその所為なのかと一瞬思うも昨年から足りなかったので、理由はそれでは無い。政治圧力の問題でNHKの受信料支払を拒否しているのでその所為か・・?・・では無いだろう、全局同じ症状だから。

 ザラ付いた画面を我慢しながら見て是非見たい番組は隣の部屋のを見て過ごしていた。ある時突然閃いた、もしや・・・とテレビの裏に差し込まれたアンテナの接続端子を引っこ抜いてみた。プラスチックの蓋部分が少し跳ね上がり止めてあるテープが捲れている。きっと緩んでいるのだろうと見当をつけてドライバーを持ってきて分解すると、予想通りだった。

 チョチョイのチョイと端子への接続をやり替えて差し込むとバッチリ映っている。5万画素、いやそれ以下に荒れた写真を600万画素で見ているようだ。その夜たまたま娘達が来たので”ね~ねネッ、テレビが綺麗に映っているでしょう!”と自慢したさに鼻高々に声を掛けると、「またカンタンに直ったのでしょう。全くモウ~」

 気付くまで静かにしておくべきだったか。分かっちゃいるけど黙っておくことができない、堪えることが出来ないのが欠点だ。しかし妻や娘たちの白い目に負けずに自己主張を続けるゾ~。自慢できるのこの程度のことしか無いもんネ。(笑)

ダンス

ダンスのことは何回か書いている、同じグチを繰り返しているけど、それほど力を入れていることの現れでしょう。
ダンスに費やす時間もさることながら、エネルギーもけっこう使っているから同じ事の繰り返しであっても度々書くでしょう。

 ウォーキング代わりにと始めたダンスだが夢中になりかけている。熱し易く冷め易い性格と実践よりも理論、アタマでやるのが好きなタイプだから今現在アレコレ考える時間が多くなったということです。

 週2回別のクラスに通っている、先生も違うし集う人々も違う、たんにメンバーが違うだけでなく性格も違う、先生の教え方考え方の違いが集まるメンバーも規定しているようだ。この場合は下部構造が上部構造を規定しているというより上部構造に共感した下部構造が作られるようだ。この意味不明と思われる言葉遣いはゼミ教授に聞かせたい、一蹴されるだろうが。(笑)

 公民館ダンスは勝手に踊るのではなくて、全員が決められたルーティンにしたがって踊る、だからそのルーティンを知らなければ踊れないということ。それ故にまずルーティンを覚えることから始まる。たまたま新しいルーティンに移行する時に入会したら幸いだがさもなくば先人達の踊るのを見て覚えなければ疎外感を感じる。その段階で入会を諦める人も出てくる。
 私は、どうせ2ヶ月も経ったら新しいルーティンが始まるだろうとノンビリ構えて邪魔にならない程度前によって見聞きしながら着いていった。初心者と数年間練習している人との差は当然あるけど、その分先輩が多いので分からない事は誰にでも聞くことがでいるのが利点と考えている。

 聞かれれば悪い気はしないのだろう丁寧にアドヴァイスしてくれる。何遍も聞き返し毎日聞くとこちらが質問しなくても教えてくれるようになった。これが新人の得点だ、前々から参加している人の中には明らかにヘタと思われるフォームで踊っている人もいる、でもこの人に注意をしない、フォームを直さない。私のように聞いてくる人にはアドバイスし易いのだろう。

 私はダンスを習う以上はそれなりのフォームで踊りたいという欲求がある。もうジイサンと呼ばれてもしょうがない歳になりつつあるがジイサン踊りはしたくない、踊っている本にはそれで満足だろうが私はあのような踊り方はしたくない。踊るならうつくしいフォームで、これが希望だ。

 しかしこの美しいフォームが難しい。ルーティンを覚えるのも必要だがそれ以上にフォームが大切だ。でもその形をするのが至極タイヘンなことなので、先生の形を真似て一歩いっぽ歩くが全く出来ない。それで寝ても覚めてもとまでは言わないが折りあらばウォークの練習をしている。

 これまでビデオを借りて見たり、本を捲ってみたり上手い人の話を聞いたりインターネットで調べたりとあの手この手で知識を総動員して身体の動きを理解しようと務めるがそうカンタンに出来るわけが無い。と思いつつも必死に尻を振り本来なら必要の無い箇所に力をいれバランスを崩しながらもヨタヨタくにゃくにゃ歩いている。

 歩くだけなのだから素直に歩けばいいものを、やたら無駄な知識を仕入れたばかりに苦労している。仕入れた知識と私の筋肉の動きが一致する日がくるのだろうか。

数の概念

数の概念というものを少し知ったのでメモしておく。

6414 名前: 石川誠司  投稿日:2007年04月02日 (月) 10時06分59秒 削除
>九九は丸暗記させるのが基本でしょうか。

基本というか、それしかないみたいですよ。

ただし、数の基本概念がある程度身についていないと、暗記してもあまり役に立たないかも知れません。

私はそれを危惧しています。

私自身はその辺の小学校低学年用の算数指導に関する経験と知識がほとんど無いので確信は無いのですが。

本当は去年、数の基本概念を徹底的に教えたかったのですが、病気のせいで活動に参加できない時期があり、何もせずに終わってしまいました。

今年こそは九九の暗記はもちろん、数の概念を基本からしっかりと教えていきたいです。


6418 名前: nesu  投稿日:2007年04月02日 (月) 20時56分10秒 削除
>数の基本概念がある程度身についていないと

小学校低学年生に、数の概念とはどういう事を言うているのか、
この辺りの事をことをもう少し具体的に教えてください。


名前: 石川誠司  投稿日:2007年04月02日 (月) 21時09分22秒 削除
>小学校低学年生に、数の概念とはどういう事を言うているのか、

数の大きさに関する直感です。

例えば、7という数字を見聞きしたときに、それがどの程度の大きさなのかを直感的に感じ取れるかどうか。

また、5や10のかたまりという捕らえ方も大事だと思います。

8-3という計算をするに当たって、8を「○が8個ある」というようなばらばらの数としてしか認識できていないと、「8個の○から3個の○を取り除いて、残った○をもう一度かぞえてみたら、5個だった」というような計算の仕方では、そのうちに計算が嫌になってしまうし、この次の水準の計算ではもうお手上げになってしまいます。

それに対して、「8は5と3を合わせた数」という認識ができていると、「8から3を引いたら残るのは5」ということが直感的に理解できるようになります。

こうなっていれば、計算に伴う苦痛が大幅に削減できるし、この上の水準の計算にも抵抗が少なくなるはずです。

「10のかたまり」は繰り上がりや繰下がりの理解に影響があると思います。

こんな具合に、数の基礎概念がしっかりしていると、九九の暗記の際に、
単なる言葉の暗記ではなくて、ある程度の数の大きさ・小ささが念頭に
あっての暗記なので、計算をするときに具体的な大きさを感じながら
確認できて、間違えがぐっと減るんじゃないでしょうか。

ちなみに、数の概念がしっかりしていない子たちの計算は見ていて泣けてきますよ。

例えば、56-8なんて計算をさせると、延々と56本の棒を書いて、そのうちの8本に斜め線を引いて残った棒の数を数える、なんて恐ろしい作業をしだします。(笑)

子どもたちをこんな状態で放っておくのは酷すぎますよね。

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