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ダンスの練習

 水曜クラスはタンゴの練習、来年2月に公民館祭りがあるのでその演目がタンゴである。ぺら座の怪人の曲にあわせてスローク・イック・クイックと動き回っているのだが、先生は覚えが悪いと少しイラついている。”未だ3ヶ月もある”と言うと、「ナンですかクリスマスパーティでも踊るのですヨ」

 先生のスタジオでパーティをするのだが、ミニパーティなのでとあれも練習の一環と考えていたら、先生にしたら発表の場のようだ。
組む相手の発表があった、私は同じ頃このクラスに参加した人とペアを組むことになった。先輩の女性から何故この組み合わせー新人同士の組み合わせーなのか、組み返した方が良いのではとの意見が出された。
私としては上手い人とは踊り易いけどどちらでもいい、先生が私の実力を高く評価したのだろう。(笑)
きっと誰か別の人と勘違いしたのかな。

 暫らく休んでいた人が久しぶりに顔を出した。モダンが上手い人なので早速ナントカいうステップからチェスに続くところを教えてもらった。足巾が大きすぎて女性が廻りきれないとの指摘に納得。なかなか出来ないが気付くのと知らずにそのまま通すのとでは違う。ファーラウェイも同じ、女性をクルッと回す時の一瞬の動作が相手の動きに影響するのでそのコツを掴むべく練習したけどムツカシイ。学ぶべき所は多くて忘れ易い。

アタマでは分かっても動きに反映するにはソートーな時間を要する。ものごとを習うというのはそういうものでしょう。スポーツ神経の良し悪しもあることだし先生あまり焦らないで!
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過去を前におく(その一)

 久しぶりに国際通りをバイクで走ると国映館の取り壊し作業が進められている。
周囲に張り巡らされた塀には国映館が建設された頃の周辺写真が掲げられていた、むつみ橋へ向かっているので道を挟んで遠目に見ているが見覚えのある風景なのでしっかり判別できる。
 当時は国際通りが形作られる頃で、むつみ橋は架け替え工事をしており掘り返された土の山があった。大宝館の側通りや平和通りを荷車にタンクを載せて埃を押さえる為に水を撒きながら引っぱっているオジサンがいた。ウリウリ水車が歩っちゅんどー、その水はバケツに紐をつけてガーブー川から汲んでいた。

 首を振って正面を見ると今現在の風景があり、横を見ると古い国際通りの風景になる、正面・横を繰り返していると過去と現在の光景がダブって重なり、過去を透かして現代が見えてきた。
過去は振り返って見るものと思っていたのに、その時は正面を見ながら過去が見えた。国際通りを横ぎる大きなスクリーンが目の前に現れてセピア色の古い光景が写っている、それを透かして今の街並みが見える。画面がズレたテレビを見ているように重なり又ズレて揺らいでいる。過去を通して現代を見るのは不思議な感覚だった。

 過ぎ去った事といえば、先日同期生会の案内が届いた。我が7組の幹事は信夫さんが担当しているようだ。

> あなたの苦労が判ります、幹事って結構難儀だね!
>
なんて添え書きされているので

>う~ん、そうかな。
>負担と思ったことはあまり無かった、だいたい貴君は下積み経験が少ないから
>そう感じるのでしょう。(笑)

なんて返事した。
同期生会はこのところ行っていない、楽しい集いの会だったのにある時疑問・迷いが生じたので参加するのを止めた。その時は幹事を予定されていたので肇さんには断りのメールを入れた。
 楽しいたのしい青春時代のある期間を共に過ごした仲間や友人、直接言葉を交わしたことは無くても同じ時に同じ場所で過ごした人たちと顔を合わせ話すのは嬉しいものだ。それなのに参加するのを止めた理由は、”群れる"ということへの疑問だった。
 インターネットが家庭に入り込み、これまで無縁だった世界、知らなかった世界と直接話し合えるのに新鮮な喜びを感じて外へ向かって飛び出した頃だったので、過去に根っこを置きその呪縛というか狭い空間というか、そういう場になりがちな集まりに閉塞感を覚えた。

空振り

 せっかくその気になって現場へ出かけたのに閉まっている。連絡しなくても開いているだろうと思っていたのにハズレた。その前にホテルのドア枠加工している大工と打ち合わせをして、同じ現場でクロス補修している職人と打ち合わせを終えていたので、現場作業はフロクで気分が乗っていたので出かけたのだ。

 本日の予定は壁の撤去のみ。僅かな仕事量なので大工に頼むほどの事は無いので自分でやるつもりで道具と脚立をバイクに載せて出かけた。ぶち壊しなので気楽な作業だがガラスをどうしようか、吸盤は無い。トイレにあるタオル掛けの吸盤を持って行った、こんなチンケなやつで役立つのだろうか。

 もう一度午後から行こう。

同期生会

 同期生会の案内状が届いた。
2週間前に届いたのだが、今回は往復ハガキでは無いので返事は出していない。いつもはメモ欄があるのでコメントを書いて出していた。経費節減したのか、出欠の可否を把握しなくても参加人員が固定されてきたということかな。

 さて出欠はどうしよう。
この数回参加していない。毎年あるわけではないので10年ほど皆の顔を見ていないことになる。出なくなったキッカケは”群れる”ことへの抵抗が湧いてきたからである。気心の知れあった連中が何時も何時も群れて動くのに違和感を覚えるようになった。その違和感を感じるようになった理由は何だったか・・もう忘れた。

 会えば懐かしいし話も弾むだろう、楽しかった過去を振り返ることになるだろう、ホントに楽しい高校生活を過ごしたのだから。フォークダンスにキャンプ、そこそこの勉強など思い出せば楽しいことばかり、その時を一緒に過ごした皆さんに会えるのは楽しく嬉しく考えるだけでも心弾む気分になる。
で・・とそこで引いて考えると、過去から一歩も出ていない、今と繋がらない。付き合いが悪くなったので今と繋がらなくなってしまった面もあるだろう。いや繋がらなくなったので付き合いが悪くなったとも考える。

 昔を懐かしむ為に群れて、いつでも群れることのできる群れは群れっぱなし。ちょっと進歩が無い。内向きの会合に嫌気が差したと思う。
インターネットが普及してから居ながらにして外の世界へ通じるようになった。昔の友人ーいまでも友人だがーだけという殻に閉じこもらず年齢に囚われず自由にモノを言い討論し話し合うこのインターネットの世界を知ってから考え方が変わってきた。

そうだからというて古い話の皆さんと縁を切る必要もそのツモリも無い。しかし現状は縁切り状態に見られている、見られるのは構わないけど私のこの気分も少しは知ってもらいたい。
ムリに行かないという訳ではない、気分が乗りカネの目当てが着いたら行こうか。
今回は行ってみようかな。
参加したら参加したでそれなりに楽しいのはマチガイ無いのだから。

なかま

 東京へ出たついでに昔の山仲間に連絡を入れて会ってきた。
40年ぶりの人、20年ぶりの人と5名のかつての仲間が集まってくれた。MLを通して連絡しあっているので時間の壁は感じない、そにも若い頃同じ苦労、汗を流して歩き議論をした仲間同士である、すぐに打ち解けた。

 女子部のサブをしていた同期生は今でも元気の山登りを続けており、あの頃と同じ行動、西穂からリュックを担いで登ることもやっているとのこと、しかも小屋泊まりでなくテント生活で。脅威的な体力だ。

 またまたこれも知らなかったが、友人の奥さんは若い頃山に登っていて学位論文は「高所における尿と・・何とかの関係」とかで、フィールドワークとしてアルプスの三大北壁の一つのルートを登るのを友人が麓でサポートしたとのこと。
これもスゴイ、山に関しては奥さんに頭が上がらないだろう。

 大病を患って死ナ死ナ~した後輩もいる。毎月のように山へ行っていたのに突然発病して死の瀬戸際を行きつ戻りつウロツイタようだ、白血病なんて予防の方法があるのだろうか。

 雨の中わざわざ私たち夫婦のために集まってくださって感謝あるのみ、会えて嬉しかった。不遜な言い方だが、会えて嬉しいのはお互いさまだろうから喜びも分かち合えたつもりだ。
ウチナーと違って集まる時間が早くて解散も早い、いくら交通機関が発達しているとはいえ1時間も掛けて集まるのだから時間の制約があるのもしょうがない。ここなら8時ごろから集まり深夜までのパターンだろう。9時に解散したら次は二次会に流れてしまう、外で飲むのはメンドウなので家に招待して遅くまで飲むだろう。

まあ短い時間を濃い内容で過ごしたと理解しよう。

遊んできます

 ディズニーランド、シーを楽しんできます。
また上野動物園へも行きます。
今回は2歳半になる孫を楽しませるのが目的なので、対象とする施設が決まったようです。これらの施設は子供ならずとも楽しく過ごせる所なので不満はありません。
上野動物園は学生時代に上京した時友人と連れ立って行った場所です。パンダが来るズ~ッと前のこと、西洋美術館に交通博物館も行ったな~。

 ディズニーシーは初めてなので楽しみにしている、ディズニーランドへ行ったときと違い、今回は家族連れなので、華やかさの中の孤独感を味わうこと無く楽しめるでしょう。いい年こいたオジサンがあの場所でポツンと浮いた状態に置かれるのはツライですよ。

 それに昔のクラブ仲間と会えるのも嬉しい。皆さんは今でも山を楽しんでいるので多いにフカレルでしょう、それを心地好く耳に響かせながら飲むビール・酒に期待している。
では行ってまいりま~す。

まいったな~

 県知事選挙はいよいよ残すところ3日となった。
これからスパートをかけるときになった、が、しかし問題が起こった。その期間私は不在となる、私が不在でも選挙に何ら影響を与えるものでは無いけど、一生懸命取り組んでいる友だちに申し訳ない。止むを得ない事情なら納得してもらえるが、今回の用件は遊びだから困っている。

 困らずに遊びに行けばいいのだが、カンタンに割り切れないので困っているのだ。
事の起りはひと月も前、いやもっと前だったか娘がデズニーランドに子供を連れて行くという。アッそう程度に聞き流していたら航空券を予約する頃、早割りの申し込みする頃になって、ロロ(ろろ:タガログ語のお祖父さん)も行くでしょうと言う。あのような場所で遊ぶのは好きなので咄嗟に行くと返事をしキップの手配も済んだ。

 そして選挙が始まり暫らく経ってから、もしやその日程が選挙機関とかち合うのでは・・と気付いて確認すると、なんと投票日を挟んで日程が組まれて手配済み。
まいったな~・・・

 それからは後ろめたさを胸に秘めてビラ配りやポスター貼りなどの手伝いをした、出来るだけ参加した。それで出発が明日に迫ったので友だちにこの事、重要な時期に遊びに行く事を告げなければならない。黙っていくと当てにした作業人員やアタマ数に迷惑をかける、二重の迷惑を掛けることになる。でも言いづらい。

 しょうがない、意を決して「遊んでくるからガンバッテね。」と伝えてトンズラしよう。
ホントに顰蹙ものだ、いつものようにサルでも出切るハンセイをしよう。と書きつついそいそとデズニーランドとデズニーシーの見所研究(検索)に励んでいる私です。

借金 農協の場合(その三

 その後ちょっとドタバタがありました。
”全部返済金に充当して!"と大見得を切って帰ったのだが、よく考えてみると返戻金は大きな金額だが全額返済するには至らない。せっかく大金を返しても翌月からの返済資金が無いので又問題が起こる。

そこで担当職員に電話を入れて、”全額返済に充てると来月の返済金に困ることになる、100万円ほどを引き落としに使っている口座に入れて下さい。今回の返済でせっかく滞納者リストから外れるのに翌月から又滞納が始まるとアナタも困るでしょう。暫らくの間の返済資金を残してください。”と告げると笑いながらそれもそうだと了解した。
おかげで当分の間は返済にも督促にも悩まされないで済んだ。

 完済したわけではないが、電話や手紙での催促がないのは落ち着く。何やかんやあったとしても返済するのは当たり前、私もそのツモリだったし、そうしたいのは山々だけど躓いてしまった。
呼び出されて催促されても無いものは無い。当てがあればいいがその目途も立たない状況ではどうしようも無いのも事実。苦しいが時間を引き延ばすか打開策を考えねばならない。これはキツイ、笑っていても自棄気味の笑いなので精神的に良くない。
多くの人がこのようなツライめにあっているのだ。でも他所に仲間がいると思っても慰めにも何にもならない。

 幸い私は予期せぬ大金が舞い降りてきて当座を凌ぐ事が出来た。担当職員とも険悪にならず冗談やゴマカシを笑顔で言い合いする仲を保って交渉できていた。しかし、しかしである当座は凌いでも基本的な状況は変わらないので、本当に当座が凌げただけである。先延ばしされただけなので心のそこから笑うのは一瞬なのだ。

一瞬の微笑みでもそれは素晴らしいものです。台風の目に入って青空を見たことがあります、それを思い出しました。暫しの間その青空をケーシ風(台風の戻り風:強烈な返風)がくるまで楽しみます。

 これは昨年の今頃の話です。

借金 農協の場合(その二)

  農協から金を借りたのは、30・・・2・3年前に住宅資金として借りたのが初めてで、その数年後また住宅資金を借りた。農協とはそれ以来の付き合いとなる。
金を借りるたびに借入額の1%相当額は組合の出資金として供出させられる。借りる側は拒めない。また各種の共済に加入するように勧められる。これも断れない雰囲気の中で勧められるので、しょうがない必要経費と割り切らざるを得ない。

 共済掛け金は年払いなので翌年になって支払通知が着てから、そういう契約をしたのだと思うが、カネを借りた頃は仕事も生活も順調なので支払える。
事業資金を借りた頃も当然仕事は順調に行くつもりの支払計画なので少々の出費も厭わない。借りる為には印鑑もバンバン押した。
しかし事業計画が狂うのは世の常、それだからこれまで述べてきたような金融機関との軋轢が起きた。

 共済は長期なので何の保険に入っているのか自分でも気付かなかった。職員に言われて考えたが思い出せなかった。
そこで女性の担当者が笑顔で、私の建物の火災共済は積み立て式の共済でそれが満期になり積立分が戻ってくるとの説明がなされた。嬉しい知らせだ。
それでその積立金から滞納している分を差し引かせてもらいたいと丁寧な口調でお願いされた。

 聞いてた私の方がビックリした。
”農協から私に戻ってくるカネがあるの? それは嬉しい、どうにでもして良いです。”と喜びに弾む声を押さえ気味に返事した。そしてその満期返戻金の全てを借入返済に充当してもよいとまで言ってしまった。

 この事は余計な発言だったが、当時は返済の目途も無く逼迫していて喜びのあまりの余り有頂天でこの発言になってしまった。別に使いたいこともあったが借金の重みから逃れるのが第一という気持ちだった。
「それでは全額返済金に当てるということで事務を進めます。書類が整い次第連絡するので印鑑を持ってきてください。」
私はピンチになるであろうと臨んだ会談から一転して喜びで席を立った。久しぶりに心のそこから笑顔が出たことだろう。

 こういう時の方言での表現は、”前(め)ー歯(ば)ー覆(うすい)かんてぃ し”と言う。喜びの余り歯をむき出しにして笑うのを自制するする意味で手で覆うも隠しきれない様を言い表した言葉です。

借金 農協の場合

 農協の貸付担当者から電話が掛かってきた。
「支払について話し合いたいので来て貰いたい。」と言う。
”もう支払の目途も無い、農協が全て担保で押さえているのだから好きなようにしたら!”と私。
4ヵ月分も溜めれば金融機関としても放っておけない。監査が入るとメンドウなことになるので何らかの対策を立てたいようだ。以前から支払額が大きいのなら支払い可能額まで減らしていいから検討するように言われていた。しかし私は”せっかくの提案ですが、今の状況は丸っきり支払の目途が立たないので減額しても支払えない。減額変更してすぐ滞納が始まったらアナタ方も迷惑するでしょう。”と変更要請にも応じていなかった。

 あの頃は本当にそういう状況だったのだ。
それでもとにかく農協まで来るように言われたので時間を約束して出かけた。対応した女性事務員が「nesuさん、共済を掛けているでしょう。」と言う。たしかに農協で生命保険を掛けていてそれを担保に金を借りている。満期返戻金の8掛けしか貸さないので100%貸してくれるの?と問うとダメという。

 無いものは払えないので開き直りしか無い。矢でも鉄砲でも持って来いというヤケッパチの気分で言いたい放題言う。もっと追加融資してちょうだい、農協の預貸率はどのくらいか、50%ほどでしょう、たったそれだけしか貸さずに残りは中央へ運用依頼しているから利子も高いのだ。もっと追加融資を受けて預貸率を上げる貢献をしよう・・なんてバカ丸出しの発言に担当者は笑っている。

 いよいよ本題に入ってきた。
”監査が入るの? それとも上から指示があったの?”と聞くと、
「共済に入っているでしょう。」と同じ事を言う。
”だから~生命保険は担保に取っているでしょう。"と同じ返事をする。
「いや生命ではなく別の共済があるでしょう。」ときた。
”えっ 覚えは無いな~”
「もう一つあるのです。」
私は?????・・?
この後の話はタイヘン重要な事だった。

 夢を見た、夢を見るのは何時ものことだから不思議ではないけど、登場人物が珍しかった。

 昔馴染みが集まって飲んでいた、12時ごろになったので”帰ろうか”と女の子に声を掛けて外へ出た。そこにトモちゃんが来て「nesuさん、もう少し飲もうよ。」という。
”明日の仕事は大丈夫?”
「ダイジョウブあしたは休み。」
3人で飲もうかと歩き、トモちゃんの馴染みの店に入る。
ツマミ代わりか鉄板でニンニクを炒めて皿に出した。粒を口に入れると美味しい。
”ニンニクでヒドイ目にあった事がある・・・”と説明を始めた。

あれは涸沢だった、涸沢は上高地から4~5時間登ったところで擂鉢の底のようなところで穂高の峰々や尾根に囲まれている。その時は剣岳から縦走で来て、槍ヶ岳に大キレットを通って涸沢に来たのだった。

 そこでニンニクを拾い焼いて食べた、6・7個も食べた。焼き方が弱かったのか量が多すぎたのか夜中から下痢が始まり、満天の星空の下を涸沢団地と呼ばれるテントの合間を縫うようにトイレに通った。
翌朝リーダーに、調子が悪いので本日は停滞したいと申し出たが、岩登りの組み合わせで一人でも欠けると困るので参加するようにと厳命された。
しょうがないのでザイテングラードを這うようにヒーヒー言いながら登り、滝谷へ向かった。
取りも通わぬ滝谷と呼ばれるほどの岩場なので気を引き締めて、体調を崩しながら必至で登った。
あの時はキツカッタ。
 山を知らないオンナの子に吹いてもしょうがないけど、ニンニクでヒドイ目にあった話をしたところで目が覚めた。

 時計を見ると未だ3時前、久しぶりにあの子とトモちゃんに会ったナ~。
だがトモちゃんは死んじゃったのによく出てきたな。暫らく思い出さなかったからトモちゃんの方から会いにきたのだろうか。そういえば命日もそろそろだが何時だったか忘れてしまった。

 会えて嬉しい。酔いに任せて手を握って歩いたがあの暖かさは酒の所為か、それとも歩いて暑くなったからかな。
寝ようとしてベッドで悶々としていたがダメだ、諦めてパソコンを開いた。いやアナタの所為ではありません、夕べ早く寝すぎただけです。なにせ9時過ぎに寝てしまったのもんで・・・
最後にひと言、ニンニクをパクパク食べていたのでドラキュラの世界に居るのじゃ無いというのが分かって安心したよ。(笑)

借金 返済額の変更


 沖縄公庫から生業資金を借りて仕事を始めたのは20年ほど前になるだろうか。
借入期間は5年、月々10万円程度の返済金額だったが何とか減らしていった。残額が100万円を切った頃再借入して残額を一括返済して再スタートを切った。

 この時もナンヤカンやしながら返済していたが、ある頃から返済に詰まるようになり滞納が始まった。当然督促が来る、あちらこちらから工面して納めるが翌月はまた滞納という状況になり3ヶ月も溜まった頃に呼び出しがあった。これまでも文書による呼び出しの通知はあったが、今回は担当者が直接伊江に出向いてきたので出頭(?)する日を約束せざるを得なかった。


 支払額を減らすことは当然借入期間は延びる、暫らくその金額を払っていた。
そのうち仕事が好転して来て見入りも増えてきて見通しも立ったので公庫へ出かけて支払額を元の金額に戻す変更を申し出た。
担当者はこれまで減額したことはあるが、増加の変更を申し出た人は初めてとの
 話し合いの内容は当然支払方法の件である。
「月々10万円の支払がキツイなら減額してもいい、幾らなら払えるのか」
”元利とも3万円程度ならナンとかできる。”
「ならそうしましょう。」で終わった。こと。内心鼻高々で、手続きをするのがメンドウなのかそのままで支払ってくださいという担当者を説得して増額変更したのである。

 ところがあるアクシデントにより又またピンチに陥った。今さら再減額するのもナンなので遅れがちになったが支払い続けて完済した。まあその頃には残金も随分減っていたのでムリしてでも返そうと考えた面もあった。

 とまあ、金を借りて返すのタイヘンです。世の中上手く行かない方が多いのだから。

サウナにフォンジュ

 このところ続けて転載だけでお茶を濁した感じがするが、こういうモノは記録しておくということに意味がある。このブログの目的でもあるので必ずしもサボりではない。

 さて、昨日久しぶりにサウナへ行った。身体を温めてからサウナ室に入り汗を出した、気持ち良い汗がタラタラ流れた。表面の垢はこれで押し流されただろう。
以前月に28日もサウナ通いした時期もある、仕事の関係もあったがサウナが好きなので通っていた。
どこのサウナがいいのか比べるために、あちこちのサウナを廻ったがバリエーションが多いので規模の大きな所がいい。
のんびりリラックスできました。

 また昨日は娘の誕生日、フォンジュでお祝いをした、スイスではパンとポテトがメインだったが、我が家ではニンジン、ブロッコリーの野菜にソーセージと盛り沢山の具を準備してある、勿論パンとポテトもある。アルコールが飛ぶまではけっこうキツイ味のチーズも次第にまろやかになっていく。それを絡めて齧りついたり頬張ったり楽しい夕食だった。

 スイスで初めて食べたとき、言葉も通じないので身ぶる手振りで食べ方を教わり、ビールを飲みながら食べた。田舎料理というか家庭料理というか、いや料理と呼ぶほどの料理でも無いと思いながら口にした。でもまあイケル。
そこで帰りにフォンジュの元、チーズが1Kgほど入った箱を数個持って帰った。お蔭でたまにスイスの味が楽しめる。ビンボウ旅行なので具沢山のモノは注文できなかったが、家ではそれが出来る。本場より美味しく食べられる。

 サウナにフォンジュ二つとも久しぶりに堪能しました。

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