プロフィール

nesupa

Author:nesupa
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー(月別)

08 ≪│2006/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テンプレート

 テンプレートを替えてみようと思った。
[red_balloon] というのが気に入ったので替えると、目次の項目のヨコに本分が出るハズなのにズ~ッと下まで行かないと本文が出てこない。
元々そのような作り方がされているのか、私の設定か何かがマズクてそうなるのか分からない。コレでは困るので止めた。

 それで元のものに戻したら今度は本文が枠からはみ出るようになった。
とても汚いモノになってしまった。
これも私が気付かないうちに何かを触ってしまったのか・・・
直す知識が無いので放っておいたがオモシロク無い。
そこでまあコレなら良いかというものに替えてみた。

 色が薄い、目次と本文がこれまでとは逆で馴染めないということはあるが当面はこれでいく。
スポンサーサイト

暇つぶしのサイト

友人たちへのめーるです。
------
 辺野古問題での活動、且つまた白保の裁判とありったけの精力を運動に注ぎ込んでいるmaxi君には、私がのうのうとこのようにインターネットで遊んでいるのを腹立たしく、そして羨ましく思っていることでしょう。(笑)

 謙遜して”つまらないサイト”とだが・・と紹介すると、時間が無いのにつまらない事をするなとお叱りを受けるので、息抜きになるサイトですヨ、ということにしておきます。本来なら時間を割いても見る価値があります。(ちょっと言い過ぎか)

まず、プロダクトでたどる自分史
http://www.nipponstyle.jp/history/index.php

いつもの掲示板から仕入れたモノです、幾つものジャンルがあるので何かを思い出すでしょう。

本命はここ、懐かしの映画館です。
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/movie.htm

 朝からPCに向かってクリック、クリックしているうちに辿り着いたところです。
昔は映画をよく見たので、半分は見ているだろう。
こういうときにウェストサイドがあるとか、ベンハーがあるなんて極々一般的な名を挙げてもいいのだが、マニアック風にそこらの人が見ていないであろうモノを出して自己満足するのも一つの手だ。

 そういう意味で「アパートの鍵貸します」がいいかな、主演のチャック・レモンが先日亡くなったニュースがあったので一番目に挙げる。共演(主演?)のシャーリー・マクレーンも好きな女優だった。
実は映画タイトルをひと目したとき「攻撃」を挙げようと思ったが、あまりにもマイナーなので止めた。ジャック・パランスの戦争映画で、戦争といえば当然第二次大戦のこと、凄まじい戦闘シーンに背景には上官のエゴ、あのイカツイ顔がヒドイ顔になって画面いっぱいに怒りをぶっつける様は迫力があった。

 映画となるといろいろ思い出もあり言いたい事があるでしょう。暇を作って遊んでください。

 追記:「ニュー・シネマ・パラダイス」この映画はある女性に”是非見なさい、ヨネっさんなら絶対見るべき、もし面白くないと思ったら私がカネを返す”と言われて見た映画です。
結果は、もちろん面白かった。

不味いメシ

 不味いメシは食わなければいい。たしかにそうだ。
しかしそれしか無い場合はどうするか、そういう状況に陥ったときにはどうするか。1~2食なら食べなくても過ごせるがそうは行かない状況もある。

 もうだいぶ前になるが留置所暮らしをしたとき、この際だからダイエットと健康的な生活をしようと決めた。まず朝食は原則的に抜いた、小さな紙パック入りの牛乳と菓子パンが朝メシなのでパンは食べずに同宿の者にあげて牛乳だけにした。同宿者が居なくなり独りになったら封を切らずに返したら、当直のオマワリが食べていた。

 タップリ時間があるので、というより何もすることが無いのでヨガの本を差し入れしてもらい身体を捻ったり延ばしたりした。またアイソメトリックスとかいう正視した状態で行なう筋肉運動をして時間を潰して過ごした。

 狭い房でウロウロするだけではエネルギー消費も高が知れているので、その頃には朝メシ抜きで昼夜は出されたものを食べるだけで充分という生活に慣れていた。昼、夜の食事のとき金さえ払えば出前が取れる。ささやかなランチにディナーが楽しめる。しかし私は一度も出前を頼んだことは無かった。金が無かったわけではなく健康生活をしたかったからだ。

 ある日昼過ぎそれも遅い時間から取調べがあり、夕食時間に間に合わなかった。その日は周に二回しかない入浴の日だったが規定の時間が過ぎているので、取調べ担当官に貴方達の所為で風呂に入れない、こんなに汗を掻いて後3日風呂を我慢することは出来ないと文句を言うと、取調べ担当は留置所担当にお願いして入浴の手配をしてくれた。

 入浴のあと独りで遅い夕食をとった。ご飯にお汁、それにタクアンふた切れがお膳に置かれて冷えた状態で出された。この日はぶた汁のような汁物がメインのメニューだった。この1週間ほど規則正しい生活をしており、その日だけ遅い夕食となったので空腹感がある。そのお汁を取り上げて箸をつけ一口飲んだ、マズイ! 何この味は? 自分の口がおかしくなったのかと思ってもう一口飲んでみたがやはりマズイ。

 とても口に入れられるシロモノでは無い。コレしか食べるものが無くても、これを腹に詰め込まなければヤーサワタ(空きっ腹)抱えて寝なければならないことは分かっていても口に入れる勇気は無かった。
タクアン二枚とお茶で食べられるだけのご飯を胃に入れて、ほぼ丸ごと残ったぶた汁とご飯を所定の位置に返した。人間はよほどの飢餓に直面しない限りただ腹に詰め込んで食事代わりにすることは出来ないものだと実感した。
私の食事時間が遅れたので厨房が面倒くさがって手抜きしたのだろう。オレの所為でも無いのにと八つ当たりすることも出来ないまま空きっ腹を抱えて寝た。

 翌日ランチの出前の注文をとりに看守が廻って来た。
隣り房の住人が問うている”今日も昨日のような食事なのか?”と。
そこで私は気付いた、昨夜のマズイ飯は私だけでなく全員が不味かったのだ。今朝の担当官は質問の意味が分からないので「いつもと同じ食事だ」と答えている、彼はそれならと出前を注文している。私は全員が同じ不味いメシを食わされたのなら、あのような食事は二度と出ないだろうと思い、いつものように出前は断った。
いくら新米のコックだろうと、手抜きが専門のコックだろうとあんな不味い味は二度と作ることは出来ないだろう、あの味が再現できるなら上手い飯も作れるハズだ。

 この不味いメシはもう少し話がつづく。

褒められる・・

君が酔うて血夜に野痴夜に
刺され意思の違和をとなりて
虚仮の生すまで

 秋分の日はハタビ旗日だったのだ。
近所に祝日には日の丸を揚げる家が一軒だけある。あとはちょっと離れた高台の自民党代議士の家、日の丸を目にするのはこの2軒だけ、貴重な存在だ。レッドデータブック入りしそうなのでヤマト政府は保護法まで作った、新しい総理はこういうことに関しては甲高い声でキャンキャン吼えるのが好きなようだがどうなることやら。
ますます息苦しくなるだろう。ふ~・・・・

 いま我が家は末娘夫婦が居候し、長女が孫を連れて押しかけて来ているので全員が同じ部屋ひと部屋で寝ている。別の部屋が無いわけではないけどクーラーがあるのがこの部屋なので全員が窮屈な思いをしながら寝ることになってしまった。
子供の頃から家を出るまでこのような生活をしていたので、不自由は感じないようだ。

 我が家は三世代住居として30年前に建てた。もう古い家の部類に入るだろう。子供が一輪車の練習をしたほどの長い廊下もあり、妻の教え子が30人近く集まって騒いだ部屋もある。しかしプライバシーが保てる部屋はない、広くて狭い家でもある。簡単に言えば部屋ごとの区切りが無いオープンスペースで二階にはふた間しかない、そのふた間で生活してきた。

 その仕切りドアがギーギー音を立てる、兆番がサビ始めたのだろう。夜開け閉めする度に気になってきた。娘にカンタンに直るけど・・・というと直してちょうだいと言う。WD-40をシュ~とかけるたら一切音が出なくなった。油なら何でもいいのだ。
”音を立てなくなったでしょう”と娘に言うと、
「こんなひと吹きで直るものを何時までも放っておいて・・アホ!」と怒る。
”そんなに怒るから、ヤル気をなくすのだヨ”と注意すると益々プンプンしている。

 娘よ褒めて仕事をさせるのが得策だヨ、と言うても、褒めたらいい気になるからダメと言う。ちょっとヤレバすぐ直るのに何時までも放っておいて不自由な目にあっているのにやろうとしない、いよいよというまでやろうという気にならない。
困ったものだ、と自分でも思う

褒められたい

 二三娘とのバトルの事を書く。
娘と私は濃密な関係と思っている。伝え聞くところの世の父親と娘のような希薄さ、或いは淡白さ反発などは微塵も感じたことが無い。独りよがりの思い込みでは無い。(と思っている。)

 もう数年前になるが、風呂場に石鹸やらシャンプーを置く台が無いので、バスタブの縁に置いたり床に置いていた。
ある日”こういう状態は良くないよネ、見た目も悪いしジャマにもなる。”と娘に言い
”整理する台はカンタンに取り付けられるのだヨ。”と続けた。

 それから数日後、1200円の陶器製の風呂場専用の棚を買って、ドリルで3本穴を開けてビス止めした。横幅が45cmもあるので多くのモノが置けてスッキリした。そこで娘に”どうだカンタンな作業でスッキリしたでしょう。"と自慢げに言うと
「こんなカンタンな事を20年も放っておいたの!」とオカンムリ。

”せっかく褒められようと思って取り付けたのに怒るとはナンだ。”
「アホ!」 
まあ手がけたら実にカンタンな事なんです。それを取り付けたからって威張れるものではないが、そんなに怒る事も無いじゃない。ブツブツ・・・

 石鹸にシャンプーの二つしかなかったのに何時の間にか自分専用のシャンプーやらわけの分からない容器に入ったものやらで、そこら中を散らかしているのはダレだ。ブツブツ・・・

不味い食事の思い出

 「どんなものを食べているか言ってくれたまえ、君の人となりを言いあててみせよう」(ブリア・サヴァラン)
この言葉を見つけるために本棚からロラン・バルトの「<味覚の生理学>を読む」を引っ張り出して拾い読みしたが探せない。たしかこの本にあったはずだが・・・
この文句が出そうな項目を目次から見当をつけて読むも無い。諦めて本を机に置いたら、なんと裏表紙に書かれている、しかし上記引用した部分だけで本文というか詳しい記述は無い、ザンネンだがここでやめた。

 不味いメシの思い出はたくさんある。不味ければ食べなくて残せばいいのだ、別のおかずー梅干だけでもいいーで済ませばいい、ただし妻が作ったものはそうは行かないのでチャント残さず食べます。(笑)

 しかし美味しくないことは伝えておかねばならない、ストレートに言うと勿論角が立つ。腹を立てさせずに婉曲に伝える術はムツカシイ。私は娘をダシにする。
”ね~ねえ、今日のコレ味が良くないよネ、そう思うでしょう、お母さんに言うたら!”「ひとを悪者にするツモリでしょう、自分で言え」
”お父さんが言うと角が立つからカスガイの子供がいいなさい”
「バカなことを言うな」
『なにをゴチャゴチャ言うている、食べたくなかったら食べるナ』と妻の声
”ほらネ、だから言うたでしょう、オマエが気を利かせないからだヨ”
「何をアホなことを言う」
というような会話が続き無事婉曲に角が立たないようま~るく伝えるのです。

 嫁が作ったものが美味しくなかったので、”美味しくない”と優しく言うたツモリだったが気にしたようで、作るのがコワイとこぼしていたとか。
あの時は娘は嫁いでいなかったので婉曲に言えなかった。
これからは”口に合わない”と言おうか、それともサヴァラン流に「こういう食事を取ったら性格が悪くなりそう」と文学的表現をしようか。(笑)

 本題が「不味い食事」なので妻と嫁の料理の腕が下手という印象を与えそうだが、決してそういうことはありません。たまにはこういうことがある程度の話です、誤解無きよう願います。

 美味しい食事の思い出は数多くあると思う。しかし不味い食事、口に入れることが出来ないほど不味い食事の想い出を持つ人は少ないだろう。不味ければ食べなければいいのでそのような思い出はあまり残らないと思う。
 あまりの不味さに食べられなかった食事、コレしか食べるのが無いのに不味くて食べられなかった話は、後日気が向いたときにということにします。

孫の運動会

 孫の運動会があった、まだ2歳なので見て面白いわけが無い。しかし婿側は一族郎党で馳せ参じるので私たちも行かざるを得ない。孫が演技をするので丸っきり面白く無いと言う訳でもないけどわざわざ見に出かけることもないというのがホンネだ。
娘は風邪気味なので妻が自身の風邪をおして前日から弁当の準備を手伝っていた。

 屋内体育館で運動会が行なわれるので、コース外周の席に陣取りたいところだが、席取り競争が激しく早めに出かけなければ確保できない。娘夫婦にその気は無いようで二階席での見物になった。、
ただ見ているだけではつまらないので孫を写すためにカメラを持って場内をウロついた。デジカメの倍率が45mmでレンズ式に換算しても90mmなのでチョット倍率不足でアップが出来ない。自分が身を乗り出して少しでも近づかなければならない。
他の観客のジャマになるので、身を屈め立場をわきまえつつ他人の領域の敷物にまでお邪魔してシャッターを押す。

 こういう場合は年寄りはしょうがない、と思わせる非礼な年寄りになる。せめて130mmのズームが欲しい。
数少ない出番の場面を撮り、弁当まで食べて帰った。

 来週は息子の子供運動会だ、内孫だからこれこそ見に行かねばならないと言われている。でも日曜は私のダンスの練習日だ、困るナ~。趣味のサークルへ行く為に孫の運動会をすっぽかしたとなると息子は怒るかな、あちらのジーサン、バーさん(私より年下)はどう思うだろうか。
私はどう思われようがかまわないけど妻が嫌がる。

年をとってから、このようなクダラナイ事に煩わされるとは思わなかった。
孫は目にいれても痛くない、と表現する人も居るが、可愛さは否定しないけどそれほど孫にべったりする事も無いだろうというのが実感だ。自分の全てを孫に費やすなんてことは私はしない。
さて来週はどのように折り合いをつけようか・・

誕生日

 誕生日のお祝いとして、妻や子供たちに靴を買ってもらった。
ダンスシューズです、いま履いている靴は2年ほど前にダンスを同じ頃習い始めた方から貰ったもので、そうとうくたびれたシューズなので、そろそろ買い時だったので嬉しかった。
店を出る頃に台風13号の影響で大雨になり車に乗り込むまでに濡れてしまった。暑さを吹き飛ばす台風が来るのを願っていたので文句も言えない。

 その日の食事はサンマに冬瓜と手羽先を煮付けたもので、ご飯は炊飯器の故障で炊けなくなり急遽スーパーで仕入れたものとなった。
誕生日には相応しくないだと思うが、この歳になればこんなものだろうと淡々とするものだろう。

 孫の一人が来たのでタノシミのローソクを吹き消す儀式をした。食べ残しのショートケーキにローソク3本立てて歌を歌いローソクを吹き消してもらった。3本の意味は年齢の端数です。他人並みかどうかは置いておいて祝ってもらった事を感謝した。

 何か不満げな書き方に取られるかもしれないけど、このごろ順繰りに風邪を引いているので私の調子も良くなく食欲不振なのであの程度で良い。
ケーキの代わりにビールを飲み誕生日会は終わった。8月から誕生日会が毎月あるのでケーキはそのときまでオアズケ。

銭湯

 昨日久しぶりに銭湯へ行った。
サウナへ行きたかったが、このところのフトコロ事情ではとてもムリ。銭湯に入るのもこの数日行くかどうか考えてようやく決心した状況なのだ。
入浴料が300円になっていた。高くなったがこれでも精一杯だろう、100名の客でも30.000円にしかならない、経費を考えたら割に合わない商売だ。

 私が知っている限り市内唯一の銭湯なので残って欲しい。銭湯へ行き始めた頃は3件あったのに、今ではそこだけになってしまった。風情のある風呂屋なんてお世辞にも言えないムードもヘッタクレも無い風呂屋で、ただ大きな湯船に水とお湯が出るガランが並んでいるだけの場所だ。
富士山のペンキ画も無い、ステンレスの壁が突っ立っているだけ。

 それでも手足を充分伸ばして湯船に浸かれるの、ただそれだけで行くのだ。先客が一人タイルの床に寝そべっているだけで閑散としている。私にとってはその方が好ましい。私の洗い湯がその寝ている所へ流れていくが気にせず石鹸の混じった湯を流した、ああいうところで寝そべるのがイケナイのだ。

 じっくり浸かっていると筋肉が解されて行く、筋肉痛が和らぐ。このところ筋力アップのツモリで運動機械の負荷をトレーナーの指示よりも勝手に増やしているので、身体のあちこちの筋肉が軋んでいる。それにダンスで腰を捻ったりするので筋肉の休まる時間が少ない。
今のところ心地好い痛みなので、この痛みを楽しめる。

 湯船で温めて冷た~い水で冷やし、それを繰り返すと尚気分爽快になるけど、あいにく冷たい水がでない、蛇口からは常温の水つまり冷たくない水しかでない。お湯を混ぜなくて水だけでシャワーを浴びれるほどになった水なので、爽快感は得られない。
1000円でサウナに入れるならサウナがいいかな。
でも1000円のサウナはサービスデーだけだし、それに何よりも千円が無い、出せない。

 不満はあっても銭湯、それも唯一残っている風呂屋を贔屓にしておこう。

ジプニー(2)

 ジプニーは外部の装飾とは裏腹によく見るとオンボロだ。
黒煙を吐きながら疾走する、スペアタイヤを見るとツルツルで溝が無いまるでF1の好天用タイヤのようだ、雨降りが怖い。

 taxiを貸切してドライブしたことがある。ところどころ穴ポコのある高速道路だったがスピードは出して快調に走った。途中雨が降り始めた、途端にスピードが落ちてどんどん追い抜かれている。雨が晴れた地点に来るとスピードを上げ始める、タイヤがスリップしないように気をつけていたのだ。全般的にツルツルタイヤは多い。

 ある時前のほうで事故があったのか渋滞している、するとジープは脇道に入って迂回して元の路線に戻った。まるでアメーバのように自在に小回りが利くようだ。
車内は狭く向かいの人の膝がくっ付かんばかりで、車内は立てないので僅かに隙間に尻を入れてくる。それ故背もたれに寄りかかって乗るのは乗客が少ないときだけで、皆ちょこんと尻を置いているだけ。だから尚の事膝と膝が接近する事になる。

 女性はだいたいハンカチを鼻に当てている。排ガスが多いからだろう。暑いので汗を拭くためにもハンカチは欠かせないのだろう、オトコも同じ状況なのにハンカチを手に持っている姿は印象に無い、女性しか注目していなかったのか。(笑)

 車内が空いていて若い女性がいると、話すキッカケになるように「何処そこへ行きたいのだがここは何処か、何処で降りたらいいのか?」と話しかける。たまにはタガログ語の会話集の上記のような事を書いてあるページを広げて指さす。
何処でも旅人には親切にするもので丁寧に教えてくれる。

 ドライバーは気性が荒い人も居て、ある時街の中であるにも急にスピードを上げ始めて前方のサイドカーを追いかけ始めた。何が起きたか分からなかったが車を追い抜きそのサイドカーに近づくや、ジープを寄せて歩道との間に挟みこんでジープをぶっつけた。サイドカーの運転手は飛び降りて事なきを得たがサイドカーには被害が出ただろう。ジープのドライバーは乗客に”アイツが悪いのだ・・”という風な事を興奮した声で説明していた。それを聞いても皆さんは納得した顔をせず恐ろしいものを見たような顔をしていた。

暑い

 飛行機から降りたとき肌に感じた、フィリピンは暑い国だ。
あの頃は毎日ある時間になると停電となり、照明がきえる。昼前の時間が多かったので灯りには困らなかったが、クーラーが止まるのがきつかった。直ぐに暑くなって堪らなくなり窓を開けると熱風が入ってくるので慌てて閉めた、外の空気が部屋より熱いのだ。
分かっているつもりでも、つい窓を開けてしまう毎日だった。

 レストランの前には大きなディゼルエンジンが置いてあり、停電するとこれを動かして必要最小限の発電をしていた。歩道を占拠してデーンと設置されていた、こういう光景がマニラだと妙なところで納得もした。無茶苦茶だと感じるところもあるが、臨機応変に対応していると言えないことも無い。しかし自家発電で急場を凌ぐのも限られた高級店だけなのでやはり問題はある。夜の停電は経験しなかったので一般家庭は問題が少なかっただろう。仮に停電しても盗電が多いとのことだったので文句も言えない立場だったと思う。(笑)

 ある日車に乗っていて渋滞の中をノロノロ進んでいたらオーバーヒート気味になりクーラーを止めた。結ぶ櫓のようになったので窓を開けると、なんとドライヤーの熱い空気を顔に吹き付けられたような気分だった。
あの頃はクーラーも効きが悪くて音の三分の一も冷えなかった。
あのドライヤー並みの熱風は今でも忘れられません。

 しかし日中の暑さも夜になると和らぎ涼しくなる、明け方は冷えるほどだ。窓を開けておけば夜のクーラーはさほど必要を感じなかった。寝るときはシーツを被るだけなので寒い。夜間の涼しさがあるので暮らせるのだろう。
何べんも書くが、ブラジルとフィリピンから来た留学生と何処の地域が一番暑いかと話す機会があった。二人ともオキナワが暑いと答えていた。オキナワの夏は夜間でも30度が続くので暑い、昼の暑さよりも寝るとき暑いかどうかが問題のようだ。

 今は8月の末というのに暑い夜が続いている。涼しいマニラへ行きたい。

ジプニー (1)

フィリピンといえばジプニー、あのキンキラキンに飾り立てた小型乗合自動車には憧れがあった。何がどうと言うより強い陽射しをも跳ね返すような色彩で塗りたくられたジプニーにぶら下っている光景がアタマにあった。ジプニーに関して思い込みも含めて刷り込みがあったのでとても興味があった。

 実際のジプニーはアタマに描いていたよりおとなしいモノだった。それでもサイドミラーを数組付けて、ボンネットには馬の飾り物車体はデザインされた模様に原色が踊っている。暑い所はあのようにケバケバしくしないと太陽に負けてしまう。

 初めはtaxiや借上げ車両を利用していたがジプニーに乗りたくて乗り方を伝授してもらった。それほど大袈裟なものではないが一緒に乗り手ほどきしてもらった。

 乗ったら前の方に座り運転手にお金を払い席に空きが出ると後にズレていくということだった。空いている席に坐るのだが客が降りるに従って次第に出入り口に方に下がっていくようだ。
後や中間の席に坐ったら隣の人にお金を渡して次々と運転手までリレーする、オツリも逆コースで戻ってくる。これは見ていて面白かった。目の届く範囲なので間違いが起きないのだろう。
 運転手は乗り降りする乗客を覚えている、何処から乗ったのかをチャント覚えていて誤魔化されないようにしている、その記憶力には商売とはいえ恐れ入るという感じ。また助手席に坐った人が金の受け渡しの手伝いをするものおもしろい、みんな当たり前のようにその業務をしている。

 料金を支払うときは「バイヤッド」と言えばいいし、降りたいときは「パーランモウ」とか「ぱーらー」だけでもいい、「マ・パーラ」と言えば丁寧な言い方になると教えられ早速マネをした。
支払はドライバーから請求されたとき行く先を言うてカネを近くの人に渡すだけで事足りるし、降りたいときは屋根を指でコツコツと叩いて音を出すだけでいいので、実際は言葉を発する必要は無いけどムードを味わいたい為に無理してエ~ッとエ~ッとと考えながら僅か一語を口にした。

 ジプニーは行く先、経由地をウィンドガラスの下側に書いてあるものや表示板ぶら下げているものと慣れない人には運行経路を判別するのがむつかしい。何事も慣れの問題とはいえ、合図しなければ停まらないので一瞬の判断を必要とする。
遊び半分で乗るので行く先が違った車に乗っても別に・・・という気持ちなので安心して乗れた。
 ある時ヒマがあったのでハリソンプラザから終点のピエールまで乗ったら港の倉庫街で下ろさて戻りのジプニーを探すのにその辺りを歩かされる羽目になった。
 バクラランまで行った時は全ての乗客が降りても乗っていたら裏通りの裏まで来て降ろされた、運転手も降りて何処かへ行ってしまった。終点というのはあるのだろうか、自宅が終点だったりして・・(笑)

マニラの夕日

 海外引揚者協会のまとめ役をしているジイサンがいた、その方から”マニラ湾の夕日は世界最高だ。”と何回も聞かされた。椰子の向こうに広がる海、雲と空が赤く染まっている写真は見たことがあるのでイメージはできる、そのジイサンはフィリピンに多くの想い出を残して引き揚げてきたのだろう。

 照り付ける太陽は汗を噴出させるが汗を乾かすことはしない、表皮に纏わり付き流れる汗を干からびさせようとしているが、真皮から次々と球になって出てくる。好い加減しろと言いたくなる熱も日が沈む頃になるとさすがに和らぎ、風まで涼しくなってくる。
 防波堤には人影が目立ち始め、マニラ湾の先に沈む夕日が雲に映える様を眺めているゆだ。私はレガスピータワー300のマンションのベランダ越しにそれを見たときあのジイサンを思い出した。

 あのときのマニラ湾に沈む夕日は実に美しかった。あの時は毎日真っ赤な夕日が見られた。
それから数年後娘と二人で行った時は、あのような見事な夕日はお目にかかれなかったし、昨年妻や娘達に孫を行ったときも夕日を楽しみにしていた。しかし雲が赤く染まり海に光の道が出来る夕日は無かった。時期がズレているのか何が原因か知らないがあの真っ赤な夕日は何処へ行ったのだろう。

ツーリング

友へのメール
--------
 久しぶりにバイクで大里・佐敷方面を走った。娘のスクーター、リード100はカブより馬力があり乗り心地も良い。
大里ルートは400ccのバイクを手に入れた20年前に見つけてツーリングコースにしたところだ。年明けの寒さが増す頃にはサトウキビの穂が銀狐色になり、稜線から眺める景色はあるウチナーの風景である。見渡す限り広がる穂は風に吹かれて波のように揺られる様は町方のウチナーンチュには分からない景色だろう。そこから見るウージの大海原を眺めると感動する。

 朝早く冷たい風を切ってウージ畑を走らせるのは気持ちが良かった。息子がバイクを買ったときもその辺りを連れ立って走りバイクの実地訓練をしたものだ。娘がバイク免許を取ったときは3台で走った。ウージ畑の農道では無くてウージの葉が垂れ下がっているのを掻き分けながらムイ小に登ると、そこには大里按司ゆかりの門中墓、というより碑が立ち並んでいる空間がある。その小さな広っ原で小さな小さな暴走行為を楽しんだ。

 また近くに大里按司の墓がある、ウチナーには無い形の墓で方形の上に円筒形が乗っている形をしている。他にこの形を見たことが無い、さほど大きく無く木立の中にひっそりと存在している。そう敢然と存在しているのだ、その姿かたちが私は大好きです。

 そこから暫らく走ると大里公園がある。大里公園・・・浪人中のことを思い出した。
幸っちゃんと来たことがある。与那原街道のバス停から歩いて登り、おしゃべりしていたら大きな月が上がってきた。恋仲ならぬとも素晴らしいシチュエーションだったなー。帰りも降りたバス停まで歩いた、やはり若かったのだ、今では目ーウジーしてとてもとても歩く気にはならない。

 幸っちゃんはいわゆる”彼女”では無かったがよく話をしたし、何回も映画を一緒に見た。「白夜」、それに題名を思い出せないが恋物語、見たあとの感想を話したとき彼女は熱情家、激情家タイプだと思った。ボクは自分の恋心を激しく訴えるタイプではない、意気地が無いとかそんなことではダメと叱られたものだ。浪人中なのにようデート(?)したな~。

懐かしく思い出しながら大里を走ってきました。

牢名主

あるサイトへの投稿文です。

 時代劇を見ると伝馬町の牢名主が幾枚も重ねた畳の上にデ~ンと坐り、そのヨコには幹部がこれまた畳数枚の上に坐っている、ヒラの罪人というのもヘンだが、フツーの囚人は板間に畏まっているというシーンがある。
 あの牢名主は絶対にこそ泥で入ったヤツではない、重罪人・凶悪犯だろう。

 また病院の大部屋では各人の病状を話すとき、風邪をこじらせて入院したとか、転んで足首を痛めたという程度では自慢できないだろう。そういう集団の中では難病とか不治の病でないと大きな顔は出来ない。ごく普通の病気の人は恥ずかしそうに身を小さく縮めておかねばならないだろう。

 そのような特殊な社会では世の常識とは違う判断でその場の序列が決まる。私の場合を伝馬町での待遇に当て嵌めてみると、私がヤルコトはどうせチンケな罪だろうから序列は序の口、よくて序二段か。

 では病院ではどのクラスだろうか。
手術するような大病を患った覚えは無いが骨折は何回かある、その程度。ここに集う人たちはこの道でも大家(? 笑)が居て、甲状腺ナントカの話に既に手術した人が現れる。痔の手術の話しをすると「実は私もすでに・・・」とくる、血圧だったか血糖値だったかのときも数値では誰にも負けない猛者が出てくる始末だ。

 ちょっとシャクだから何か勝てそうなモノは無いかと必死に考えた。いま現在歯科に通院中だが、歯のやまいは、虫歯だろうが歯槽膿漏だろうが格が低い感じがする。「オレは虫歯で歯を抜かれ入れ歯を入れているのだ~」と言うても威張れそうも無い。総入れ歯より骨一本折った人に軍πは(この変換が出てきた)上がる。

 それで考えた結果、一つひとつの勝負では敵わない、ならトランプのように一枚一枚で勝負したらいいのに気付いた。
自動車事故の複雑骨折には、バイクの事故で肋骨にヒビが入ったことがある。これは明らかに負け。
痔の手術には、ケツの穴が痒くて痔の病院に通った事がある。これは不戦敗に近い。
でもまだまだ手持ちカードはある。
胃潰瘍でカメラを飲んだ、あの頃は太かったのでヒジョウーに苦労した。これも弱い。
木工機械でケガをした、これは後で出そう。

 取って置きのオールマイティ、ジョーカーを明かそう、
それは”水虫だ~"。痒くて水泡がジュクジュクしたあの水虫だ。珍しくも無い、オレもオレもと出てくるだろうが、その皆さんと違うのは私は完治したのです。それもたった半日の処置で。私が考案した方法で処置したら半日で水虫を駆逐できる。
どうだ、スゴイでしょう。
これで入幕だ、ひょっとすると三役入りでは・・・(笑)

初めてのフィリピン

 他所のサイトに投稿したものですがメモとして残しておこうと思いアップしました。
脈絡も無くテーマが跳んで行きますが、ここはそういう場なのです。
フィリピンの思い出は別の旅をテーマにしたブログに書いてもいいのですが、とりあえずここに書いておこう。気が変わったらそこへ移します。
------------
 初めてマニラへ行ったのは'90寝んの2月ごろだったと記憶している。台湾とどちらが先だったか定かでは無いが、初めての海外旅行だったかもしれない。
台北空港で乗り継いでマニラ到着は夜になっていた。ターミナルも冷房されているだろうがムッとくる暑さを感じた。検査を終えて一般人が入れるロビーへ出ると大勢の人が柵越しに見える。これはまあ何処の空港でも見られる光景で、その押し合いへし合い状態の中から出迎えの人をその社長が見つけた。

 社長が現地で雇った女性の方も一緒だった。
マニラの第一印象は暑かった、空港から一歩出ると街が暗いことだった。それに夜なの何子供たちがウロウロしていることだった。信号待ちすると子供たちが車の回りにやってきて窓を拭いたり、タバコやら香りの良い白い花のレイの売り子が出てきた。見慣れない光景なのでウキウキしてくる、マニラだ~。
渋滞の中を車はスタントカー並みに走る、バンバーtoバンバー、サイドミラーも触れ合わんばかりの数センチ単位で追い越し、割り込みが行なわれる、ビックリするとともに強烈なインパクトを受けた。
マニラだ~。

 ド派手なジプニーにはある種の感慨を持って眺めた、これこそフィリピン文化の代表だからドライバーに手を振りたくなるほどだった。サイドミラーにフォン、装飾品はボンネットに所狭しと並べて車体のペインティングもこれでもかと塗りたくっている。
見ていて実に面白い、ヒヤヒヤしながらも周りの様子はタイヘン興味深く見た。

 キョロキョロしているうちにビトクルスのホリデーインに着いた。シャワーも浴びずにマラテのアリストクラートへ行った。大部屋から落ち着いた部屋まで幾つもある中のキャンドルが灯されたテーブルでまずはサンミゲールでカンパイした。
店の雰囲気もどこか違う、アドボに・・あとは何を食べたか覚えていない。

 出迎えた女性、名前はベリーさんがそこへ案内してくれた。もちろん費用は社長持ちです。
彼女はガイドの経験もあるのでマニラ事情やフィリピンの食について、その他諸々を説明してくれた。べりーさんは通称だが、日本人との付き合いも深いものがあったようなので、ご存知の方が居られるかもしれない。もし知っているなら教えて欲しい連絡を取りたい。

 その社長がマニラで仕事を始めるので手伝いをするとい事で下見するのが目的だった。C調な人で綿密な計画かと思うと、「あーして、こうして、あーなるから大丈夫、GO!」という風にものごとを進めるタイプでもある。ホントかいなと半信半疑であるが「大丈夫、マカチョウケー」と言うので手伝うことにした。

 それがマニラとの縁の始まりで、その後数回行った。
仕事は・・・まあ・・言わずと知れた結果です。この辺りのことを詳しく書くのもナンだからいずれそのうちにということでオワリ。
私個人としてはフィリピンの事を知る機会ができてのが良かったと思っている。楽しい思い出だけがいっぱいです。

 それを思い出しながら書いてみたいと思います。

イライラする遊び

 -----------
|・78|41・|・・9|
|・・9|6・・|・15|
|・・・|・・・|・・7|
 -----------
|4・・|・7・|1・・|
|72・|154|39・|
|1・・|・9・|7・・|
 -----------
|・・・|・・・|・・6| 
|・・4|7・・|・83|
|・57|82・|・・1|
 -----------

問題の解き方
最初に注目するのは、多くでている数字です。
その入っているタテ列、ヨコ列を線で消してみてください。各ブロックに数字は1回しか使わないので、その数字が入るマスが確定する場所が出てきます。

ある列に注目すると、(問題とは関係ない例としての数字です。)123589が入っているので、残りもマスには467が入ることになる。
で、タテ列には既に7があるので7を入れる場所が決まります。

例がわかりにくいですか?
こういう遊びをナンバープレイスと言うようです、私はアタマがゴチャゴチャになる遊びは好きではありません。オフクロが嵌まって毎日鉛筆片手に頑張っています、当然消しゴムも離さないようですが。

上記の問題は、私でも3ヶ所埋めることができました。残りはメンドウなのでやめました。
みなさんも暇があるならどうぞ挑戦してみてください、難易度は初級の上、中級の下のようです。専門誌もあってその方面の人には人気があるようです。
繰り返しますが、私はこういうのはダメ。

話しは跳んで、ロト、ナンバーズで賞金が6億円になったとか。
ラッキーな数字6個で6億か・・・

筋力アップ

 健康シェイプアップ教室ー長すぎるので今後はジムと呼びますーに順調に通っています。仕事が一区切りついたのと、その仕事でシンルー(心労)したのでジムに通い心地好い汗でリラックスしようと思っているからです。

 もともとジムに通う目的は筋力アップだった、しかしトレーナーが与えるメニューは持続力保持に主眼が置かれている感じがする。そこで負荷の量を自分なりに調整することにした。指示された負荷を10~20ポンド増やして運動することにした。

 これまで一つの運動を20回やっていた、負荷を増やしたので15回に減らした。どちらが運動になるかは分からない。
ものの本によると、筋肉を鍛えるにはその筋肉が持つ最大の力の60%以上の負荷を6秒以上続けることが必須とあった。そうするにはまず自分の各部分の最大の筋力を知らねばならない、おいおい調べてみよう。

 とりあえず先ほど書いた負荷を増やして運動した、昨日で2回目だが疲れが出る。
疲れるというのが筋力アップに繋がるのか。疲れたら回復するまで休みを取るのも必要だそうだ、今通っているペース週2回が適当かもしれない。家で「疲れた~」と言うとアホなことをしてと冷たい視線で見られる。

 負荷を軽くして動作の回数増やすのと、負荷を掛けて1機械の1回当たりの運動回数を減らすのとどちらが効果を生むのだろうか。私は負荷を掛けて運動する方がいいと思ってそうしている。
 ただ機械を使う場合にはそれがどの筋肉を鍛えるのか目的を認識して使わねば意味が無い。そのためには使う際のフォームが重要だと考える、正しいフォームで行なわねば目的外の筋肉に力が行ってしまい効果が無い。負荷を掛けすぎると姿勢が崩れてしまう。そこで10~20プラスする場合でもフォームが崩れず、かつ目的とする筋肉が負荷を感じているかどうかを意識しながらやっている。ムツカシイ。筋肉が感じているのかどうかが判然としない。

 このフォームに関してはダンスも同じ、何事も基本は共通するものがあるようだ。

| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。