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ビール

 このところビールを飲む回数が増えた。
孫が冷蔵庫からビールを取り私(ロロと呼ばしている。)に持ってくるのをタノシミにしているからです。私は彼の好意である行為を喜んでいるので為すがままにさせている。
ビールを冷蔵庫から取るように母親やロラ(おばあさん)に要求するので、何時このような事を教えたのでモンクを言うが、私はそのように教育した覚えは無い。たまに冷蔵庫を開けてビールを取り出し、注ぐのをさせていたら面白がってもっとやりたいような仕草をしていた事はある。それがタノシミとなり私にビールを飲ませたいのだろう。

 そのビールをトルコのチャイのグラスで飲む。チャイ用グラスは缶ビールで4杯分になる。ビールなんてひと缶分をグラスに入れてグイッと飲むのが良いところだが、それではあっという間に無くなってしまう。楽しみを長引かせるにはグラスが小さい方がいい。フツーのグラスでは2杯分だがチャイ用は4杯分になる。それに形も良い。括れた所に指を当てて持ちグイッと飲み干す、これが4回も出来るのだ。

 ビールは注ぎ足しては美味しくない、一息で飲みきれずに僅か残りそれを飲み干す時の気分がいい。これまではコップに入れたものを3回ほどに分けて飲み干していたのを、グイッと飲み干しても未だあるという安心感があるので大らかな気分で飲める。

 それと外食するときレストランや食堂で飲むと高いので家で飲んで、あるいは車の中で飲みながら行く。家で一杯車でもう一缶飲めばレストランでは飲まなくてもいいし、飲んでも1杯で充分だ。

 ビールはジョッキでグイ、お代りでもう一杯、もう一杯が醍醐味なのにシミッタレタ飲み方だ、しかし現実はそうは行かない、諸般の情勢が許さないので飲み方だけでも工夫しているのだ。

婿に言うた。
この子が冷蔵庫からビールを取り出そうにもビールが入っていない、せっかく楽しみにしているのだから入れておきなさい。
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お休み

明後日から旅に出かけます。
行く先はスイス、2回目のスイスです。
氷河の上は寒いだろう、と汗をかきながら衣類の心配をしています。
そういうことで3週間ほど更新できません。

旅については、別に設けてあるブログに書いています。
リンク欄から行けます。

笑い話

 ネタを集める意味で笑える話を書いてみたい。
出来れば自分の身近に起きたことがいいのだが、おもしろい事がそんなに起きるわけは無いので聞いた話、考えた話を集めよう。
50ほど集まれば芸になるかもしれない。

 ひとつ
なーふぁ嫁んかいやソーミンや注がすなヨ~
これは私のバアサンの話らしい。その頃毎食の副食に苦労してたので、たまにソーメンがお汁に入ると大喜びで食べていた。ソーメンの量は10人以上の世帯に二束だけ。きょうびソーミンチャンプルーするときは一人一束はする、それなのに10名余で二束は、如何に貧乏所帯だったか分かる。

 那覇では珍しくも無いソーメンは田舎ではご馳走の類だったのだ。食べるときは除けておき、お代わりして最後に食べるものだったようだ。このような気持ちをナーファ嫁は身体で理解するまでには時間が掛かったのだろう。

 美味しいものは最後、子供の頃はそうだった。ソーメンを最後にすする楽しみが分かる気がする。

これが笑い話になるのか、私は大いに笑う、我が家のオフクロ方のことです。こういうのがホントの笑い話とおもう。 # by nesu-pa | 2005-12-29 10:12

基本 知ったかぶり

 本質的なことは理解していないのにウワベだけを見て、”あ~分かった”という気分になる事が多々ある。
近頃はシェイプアップ教室での機械の扱い方、トレーナーから説明を受けて真似をして機械を動かすと自分では指示された通りの動き方、筋肉の使い方をしているつもりである。ところが機械が目的とする使い方をしていない。これに気づくのはトレーナーが話している「効く~」という部分がどうも自分が感じている場所と違うと思われる。

 独りよがりで知ったかぶりをすると別の運動をしている事になる。運動には違いないから良いではないか、と嘯いてもしょうがない。やはり目的とする筋肉を鍛えるのが本筋だろう。
 それに気づき本来の目的である筋肉に効いているかどうか確認しながら動かすように務めている。するとこれまで負荷が軽いと思っていたのに、正しい(?)使い方をすると、軽いと思う負荷でも終わると効いた感じがする。

 またダンスでも上手い人の動きを見て真似をしているツモリだがそのような動きになっていない、これは自分でも分かる。先生や上手い人、先輩方から何度も言われた事を丸っきり無視して動いている自分に気づいた。気づくだけ良いと自分を慰めてナットクするが、納得しても動けなければしょうが無い。

回すのではなく、腰を入れて引き付けてその反動で回る、とか回る意識を捨てて前進し女性が突っ込んでくるのを待って一緒に向きを変える。
まあ言われた事が多すぎてこちらの事を考えるとアチラの事が疎かになる、足を考えるとフォームがなってない、とにかく基本の姿勢をシッカリ保つ事、分かっているが出来ない。デキナイ尽くしだ。

 初めはウォーキング代わりに始めたダンスだが、テレンパレン踊っていたら運動にもならない。フォームを正しく保つのはアチコチの筋肉を使い、力を入れなければならない。それを忘れたら運動にならない。これもアレも考えて動け、ついでにアタマの体操までこなせ、というところか。

 近頃ただ立つときもお腹をヘッ込めて真っ直ぐ立つように気をつけている、子供の頃からお腹をピョコンととび出して立つクセがあったが踊るときもその姿勢になっていると指摘されたので直そうと頑張っている。日ごろの姿勢も良くなれば見栄えも良くなるだろう。とにかく基本的な事を忘れないで常に意識する事、ということを考えてもう2年近くなる、言うほどにカンタンではない、意識の改革だ。

 アタマの向きも注意され続けている、ウデ、アタマ、肩などを固定する器具を考えねばならない。ホンキで考えてみようか・・

# by nesu-pa | 2006-04-28 14:51 | Trackback | Comments(0)

記念誌

 3人目の孫が生後10日ほどで熱と咳が出るので夜明けに救急へ言ったら即入院となってしまった。
嫁が家の事をあれこれ済ます時間だけ私が交代して赤ちゃんに付き添った。

 ミルクを飲ましてオムツを交換するだけで、あやす必要が無いので新生児はラクだ。時間があるので記念誌を読み直した。
斜め読みではなく熟読したら気になる箇所が出てきた。

夏の思い出(チンネでの墜落事故等々) 久保さんが書かれたものの中に
昭和40年8月2日
 朝食後、2年以上の5パーティ10名が一斉にチンネに取り付く。
 左稜線=楢崎・吉永パーティ、左下カンテ=森本・久保、中央チムニー=米須・白石、山元・前波、坂上・篠崎

いや当日はその組合わせで登ったので合っている、その通りなんですが、しかし上半部を書いていないのに不満がある。

 下半で左稜線なら上半も左稜線だろう、下半で左下カンテなら上半は左方カンテかな、下半が中央チムニーなら上半はaバンドbクラックだろうと他人は思いがちである。

 中央チムニー組としてはヒジョーに面白くない。(笑)
言うておきますが、上半はhgかhクラックのムツカシイところを登ったのだからモウ・・。その証拠に墜落したのも気づかないほど(余裕が無くて必死だったとも言える。)緊張して登ったのだから。

 久保・森本組は中央バンドから巻いて降りたのだった、他の組もそうしたのがあったと記憶している。
私たちは事故のことを何も知らなかったので登攀を続けた。登り終えてチンネ頂上部の馬の背。ロバの耳のように切り立ったナイフの刃のような箇所を両手を水平にして歩いて渡っていると吉永が声を掛けてきた。

「ヨネっさん米須さん、降りてください、そっと降りてください。」と言う。
”この程度のところはダイジョーブ平気へいき。”と私。
しっかりした足場のあるところに来たとき
「下を見てください。」と遥か下の雪渓を指差す、そこには人溜まりがあった。
「さっき落ちたとですよ。」と様子を話した。

 久保さんは事故があって登攀を断念したので上半についてはアタマに無くカットしたのだろうが、世の中の人は私も中央チムニーだけのレベルで終わったように受け止めるだろう。
う~んザンネンだ。
この舌足らずの記述の穴埋めとして先日の新年会のときにもう一杯お酌してもらえば良かった。(笑)
この次の機会にはそうしてもらいます。

▲ # by nesu-pa | 2006-02-20 09:20 | 山 | Trackback | Comments(0)

スクヲッター

 つい2~3ヶ月前まであるサイトの掲示板にスクヲッター生活をしていた。スクヲッター生活とは、管理人がサイトの運営を放棄しているが、掲示板だけは生きている状態のことを指しているのです、この件では。

 何かの拍子にコンテンツが吹っ飛んだようだ、いずれ修復するとの予告もあったが仕事が忙しくなったのだろう、そのまま放置状態が続いた。
掲示板は何処かの借り物だろうから吹っ飛ぶ事は無かった、しかし管理しないので訪問者が減りここも放置状態になってしまった。

 私は数年前この掲示板の常連に仲間入りしそうな頃、私の発言にクレームが付けられた、その時は私が謝って納めた。暫らくして又問題発言をしたようだ、私は問題と思っていないので反論した。其れに対して常連さんが管理人の判断を仰いだところ、私の負けの判定が出た。

 政治的な発言だったので私は引く事ができずに、この掲示板を出る羽目になった。2~3年経って再訪したら元気の無い場所になっている。投稿再開したときにコンテンツが吹っ飛ぶアクシデントが発生したのだ。

 管理人はヤル気をなくしたようだ。私は勝手に掲示板に書き込みを続けた、あたかも自分のモノのように。1年余私一人で書き込み続けた。

 私も自分のグチを吐き出す場所を探していたところだったのでその場を重宝した。
ある時管理人が気づき、全面閉鎖をするとの通告を受けた。

3週間ほどして通告どおり閉鎖された。
勿体無かった、私の場が無くなった、ザンネンだった。
他人の掲示板を我が物顔で使うのも楽しかった。カウンターを見るとほんの僅かだが訪問者もいた。その人たちはどういう風に思ったのだろうか。

閉鎖されて自分の想いを吐き出す場が無くなったのでブログ開設したのです。
今ではスクヲッターでは無くちゃんとしたオーナーになった。
でもスクヲッター生活は楽しかった、場所を提供(?)して下さった管理人にお礼を申し上げます ▲ # by nesu-pa | 2005-09-30 22:17 | Trackback | Comments(0)
あそび

***********---------------
「100円ショップ大実験」 削除
名前:** 誠*  投稿日: 2005年09月28日 (水) 22時54分55秒
「100円ショップ大実験」
http://www.so-net.ne.jp/jikken/

上記サイトでは、題名どおり100円ショップで購入できる品々で簡単な
面白実験をするアイデアが紹介されている。

二つの風船を用意して、一方は大量に空気を入れ、もう一方には少しだけ
空気を入れた状態で両方の口をストローにつなぐと、どうなるか?
という実験の紹介があった。

子どもをお持ちの方は、お子さんと一緒に試してみるといいでしょう。

名前: **誠*  投稿日:2005年09月28日 (水) 23時25分07秒 削除
数字遊びが好きな人には、こんなのがお勧め!

「数学パズルの道」
http://www2.oninet.ne.jp/mazra/math.htm
----------
という掲示板の書き込みを見て少しだけ挑戦してみた。
いや~っムツカシイ、得意科目というものは無かったが、その中でも数学は得意ではなかった。
でも数学はある種おもしろいものではある、学問とか成績を別にすればある程度の数学の知識は仕事でも使うし、考えたり方法を模索するときには有用なものである。

 できなくても問題を見て閃けばチョット考える。暫らく考えても分からないときは捨てて次に移るか、そのサイトを閉じる。まあ軽い気持ちで向かう事にしている。

 33の8乗 と 2の38乗 とでは、どちらが大きい数でしょうか。
という問題がある。

そんなの計算機でもマチガイを犯しそう、
簡便方として、33は2の5乗より少しだけ大きい、(2の5乗は32)
33の8乗とは 2の13乗より少し大きい、だから2の38乗が大きいのではないかと思う。
この考え方が合っているかどうか知らない、違うと思う方は教えて!

でも出題者の意図する答とは違う気がする、だってスマートさが無い。(笑)

▲ # by nesu-pa | 2005-09-29 14:54 | Trackback | Comments(1)

ダンス

 またダンスに通い始めた、フツー社交ダンスと言われているものです。
何処かのサイトでボールルームダンスというのが正しいとあったが、この言葉は一般的でないので社交ダンスとしておこう。
 また通いたいと思って市内数箇所の公民館からサークル活動案内を手に入れて曜日や練習時間を調べた。

 全て習い事は週2回練習しないと身に付かない、運動なら身体が覚えないと言われたことがあるので週2回を念頭に入れて調べた。どのようなメンバーでどういう理念(ちょっとオーバーな言い方だが)で練習しているかを見に行った。

 サークルによって参加している人員にバラつきがある。また同じメンバーで数年続けている様子も窺われる。まあ、これはしょうがないだろう、後から入る者はそれなりに苦労するのを覚悟せねばならない。

 知り合いの助言も参考に日曜日と水曜日のサークルに参加することにした。場所も先生も別々なので同じ種類のダンスでも二種類覚えねばならない。たぶん覚え始めたらカン違いや取り違えで混乱するだろう。

 ダンスは決まった順序で踊るのは本筋でないと思い前のサークルを飛び出したが、この件は私の理解不足であった。何処のサークルも決まったアマルガメーションがあり、それに沿って踊っている、この点は不満だが元のサークルに戻る以外私が教えられたアマルガメーションで踊る事はできない。
 もっとフリーにただ踊るだけのサークルは調べた範囲では無かった。これなら前のサークルを飛び出す事は無かった、と思うも時既に遅し。

 チョット考え方が浅はかだった、もう一度戻ってもいいが先生によって指導法が違うだろうから何か得るところはあるだろう。しばらくは何も言わずに新しい先生に付いて行こう。 ▲ # by nesu-pa | 2005-10-17 11:50 | 鍛える | Trackback | Comments(0)

揃うとは・・

 ある日音楽番組を聴いていた、ゲストを招いてお話をしながら音楽を聞くトークと曲の番組だった。
その中で面白い発言が印象に残っている。

「ヨーロッパのオペラと日本のオペラの決定的違いは、日本では声や振りが揃う、揃いすぎるということだ。」と話している。
「群集が集まっている場面で、群集の声や振りが揃うはずが無いでしょう、それなのに揃うんです、不自然ですよね。」
「ヨーロッパでは微妙にズレているです、それが深みを出している。」

 面白い視点での発言であった。
コーラスラインはブロードウェイより日本の方が揃っている、帽子を傾けるしぐさでもアメリカ人は隣の人より私のこのやり方が魅力的だとアピールする、それで微妙なズレがでる。しかし日本人はピシャッと揃う、揃えなければならないという意識が強い、と言う。
 言われて見れば日本人の気質を良く言い表している。音楽家は音楽の面からよく見ている。特に群集の動作が揃うはずが無いでしょう、という言葉が脳裏に残った。そこまで考えたことが無かった、
 
 子供のころから運動会や音楽の時間に揃っていない、バラバラだとの指摘が常にあった、まあアレとは違うだろうが全員が揃わねばならないという意識が形成されてきたのだろう。

 北朝鮮の映像を見て違和感を感じるのは、市民の日常生活は出さないで軍の行進やマスゲームの類だけをだすので変だ妙だと思うのだろう。統一した動きに違和感を感じながら自分自身は統一した行動を他に強いている、あるいは強いられている、このような動きはないだろうか。

 統一した行動とは肉体的な動きだけでなく、心の動きまで合わせてしまう精神構造に繋がる、今の日本の状況が将にそれだ。

 気をつけねば”北”と同じになってしまう、目糞が鼻糞を笑う羽目にならないにしたいものだ。 ▲ # by nesu-pa | 2005-10-16 20:41 | Trackback | Comments(0)

テーマ : ▼どうでもいい一言 - ジャンル : 日記

文章について

 文章はどうしたら上手くなるのか、と考えていた。
自分が書いたのに何を伝えたいか自分でも分からない。このブログを読んでもそう思うでしょう。

そこへ次のような書き込みが常連になっている掲示板にあった。
なるほどと思うところがあるので、忘れないようにここに転載しておく。
++++++++++++++
名前: s  投稿日: 2005年09月23日 (金) 15時43分06秒
ぼくの悩み

5W1H で文章かく。なかなか、できない。
When Where Who What Why How
いつ どこで 誰が 何をした(する) なぜ どのように

きょうも零テン。

9845 名前: nesu  投稿日:2005年09月23日 (金) 16時57分29秒 削除
そうか5W1Hというのがありました、思い出しました。
文章を書いていながらオカシイと思いながらも方向修正できずに
結局訳が分からないモノになってしまっていました。

これからはそれを念頭においてみよう。
ところで、5W1Hと起承転結とは
どのように結びつけるのでしょうか。



9846 名前: s  投稿日:2005年09月23日 (金) 17時32分38秒 削除
>5W1Hと起承転結とは
どのように結びつけるのでしょうか。

起 いつ どこで
承 誰が 何をした
転 なぜ
結 どのように

 わあああああ。これじゃ、おわらないよ!!!!



名前: 石  投稿日:2005年09月24日 (土) 03時03分20秒 削除
私が生徒達に作文の指導ををするときは次のことを伝えます。

1:自分では理解しているつもりでも、読んでくれる相手は理解していない
  かもしれない。読んで欲しければ、読者が理解できるように配慮しろ。

2:書き出しが一番大切だ。意外性を持たせろ。

3:新しさがなければ誰も読まない。

4:具体性がなければ読者は理解できない。

5:書き手の生活が見えない文章は、読んでいてつまらない。


ということで、

起:意外性→読みたくさせる

承:具体的な例。「なるほど!そういう話だったわけだ!」

転:「え???????????この話はどういう展開をするの???」

結:「なるほど!!!これで、あんたが言いたかったことが全て分かった!」

で、もう一度読み返したくなる。
それが理想的作文です。

自己満足の世界です。
▲ # by nesu-pa | 2005-09-24 05:53 | Trackback | Comments(0)

テーマ : ▼どうでもいい一言 - ジャンル : 日記

歯、はっ ハ~

 市が行なう健康基本検診を受けた、一般的な血圧測定に血液検査、心電図などの基本検診と銘打たれたものであった。ただ胃検診が会場の都合で省かれているのに気づかないで申し込んでしまったのが悔やまれる。別の会場に申し込むべきだった。

 血圧なんてどうして気にするか分からないほど、血圧に興味が無い。心電図も何か問題が起きたときで無いと正常になってしまうだろうから、さして意味が無いと思う。血液検査はコレステロールの値が分かるので受けた方がいい。

 コレステロールは初めてじゅしんした3年前から高い数値が出ている、食事指導を受けるように言われるが、食事は妻が作るので私が栄養指導を受けてもしょうがないので受けたことが無い。

 それに栄養士さんの指導はタマゴなどのタンパク質の摂取量を減らすように言う、インターネットで調べたらコレステロールは30%しか外部から入ってこず、その他は体内で合成されるとある。30%の部分を調整するというのは理屈に合わないような気がする、何故作りすぎるのか、あるいは作ったものを消費しないのか、その辺りを説明してもらわないと意味が無いような気がする。どうなんでしょう。

 指導する看護婦さんや栄養士さんと議論してもしょうがない、知識も無いから私の疑問を筋道立てて問う事もできないので不服従でいくしかない。

 歯科検診も合わせて行なっているので見てもらった。歯医者さんに「入れ歯を取りましょうか」と聞くと、そのままで良いと言う。上下の歯を見ながら3番△、・・5番○・・・と助手に告げて記録をとっている。

 ひと通り見たので、入れ歯を取りましょうかと言いながら、外す為に手を口に当てたがナント入れ歯が無い。「填めるを忘れてしまった!」と笑いながら言うしかなかった。女医さんも笑いながら”変だと思った。"と言う。

 助手は、忘れるほど装着感が無い入れ歯はジョートーよ、とこれまた笑う。
抜けたのは歯だけでなく、アタマも抜けてしまったようだ。

▲ # by nesu-pa | 2005-09-18 20:29 | Trackback(1) | Comments

ある国際親善

 ビールを飲んだ、もちろんオリオンビールです。
他所で飲むときも「何にしますか」と問われれば、”オリオンビール”と答える。口に合っているのと、多少民族主義的な意地もあってそう答えることにしている。
家で飲むのだから銘柄なんて拘らずに手前にあるものが発泡酒であれホンモノのビールであれ何でもいい。
誰かからの貰い物ならヤマト銘柄が入っていることもあるだろうが、貰うなんて滅多に無い事だし、例え貰ったとしてもオリオンが多い。

 いつものように缶を手にしたらデザインが違う、アレッお茶かなと思ってよく見るとコスケーニャ・ビールだ。ナスカからリマへ向かう途中トイレ休憩のコンビニで買ったものだ。後生大事に持って帰ったものだ。
 これは何かの日に飲もうと冷蔵庫に戻した。

 孫はミルクと飲むヨーグルトを持ってカンパ~イの声を聞きながら三人で飲む、私のグラスはトルコミヤゲのチャイを飲む小さなグラス。ビールなら大きなグラスでグイッとやるのが気持ちいい飲み方だが、それをやると缶ビールなんて1杯半で終わってしまう。それでチャイのグラスでチビチビ飲むのだ。

 それでも一缶では足りない、もう1本開けようか、今開けると何時いつまではもたない、ビールは美味しいがそのタノシミは後々まで味わおう・・と決心して他のアルコールを探す。
すると何と言う事でしょう! ラクが残っているではありませんか。
トルコでライオンのミルクと呼ばれているアニスの香りいっぱいのラクだ。これもチャイのグラスに注いで水で割る。ミルク色になる、香りと色に誘われたのか孫が手を出すので、辛いカライだよと匂いだけ嗅がしてグビッと飲む、懐かしい香りと味、初めてラクを味わったのはカッパドキアでショーを見ながらの席だった。
そういえば踊り子に誘われてベリーダンスを一緒に踊ったな~。腹の動かし方はあのときよりも上手になった、など等孫そっちのけの思い出を思い出しては腹に収める。

 ラクを飲み干すのは勿体無いので他のアルコールを探す。
ピスコがある、まだ封切していない、お店で真っ白な紙に包んでもらっていたので包装紙を引っぺがす。
高いものと安い物の二種類買って、どちらかにペン書きで印を入れたけどその印が入っているのが高いものか安い物か忘れてしまったので意味を成さなくなった。封を切りこれまたチャイのグラスに注ぐ、ペルーの香りでブドウの産地乾燥したピスコ周辺の風景を思い出す。ホテルで出されたウェルカムドリンクはセブンアップのようなもので割られているので飲み易いが、家では水割りなのであのシュワ~っとした甘さ、はじける空気が無い。 ピスコはブドウ酒を蒸留して作るのでブランデーになる、味はブランデーの風味には程遠い、まあブランデーの出来損ないと思って飲めば納得できる。

 お腹の中では国際親善・友好が繰り広げらている、実にいい気持だ。
世界はこうあるべきだ、アジアの果て、いやオミヤゲのラクを買ったのはヨーロッパ側だったのでアジアの果てではなくヨーロッパの入口から南米までその中心のウチナー、世界のヘソから平和の発信だ。
なんて孫の未来のために世界が平和であるようロロは・・・をワケの分からない事を想いながら国際親善にいそしんだのである。
(注:ロロとはタガログ語でオジイサンのこと、私は孫にロロと呼ばせている。)

 翌朝早く目覚めた、夕べは国際親善で盛り上がったはずなのに平和に暗雲が漂っている。オナカはいつの間にかパレスチナへ跳んでしまっている。
ただいまフン騒中!

写真は食事とラクを楽しむ人たち
イスタンブールの旧市街にて

# by nesu-pa | 2006-05-24 06:40 | Trackback | Comments(0)

割り勘

 娘と買い物へ出かけた、支払いのとき半分払おうかと言うと、不機嫌な顔をしてイラナイと言う。
たぶんイランと断ると思っていた。

 以前娘の買い物したとき、半分払い妻に半分は私・オヤジが持ったと自慢げに話すと娘は不機嫌になった。
「お母さん、おかあさん半分なんてウソよ。」
”いや半分は私が払った。”
「半分は半分でも右半分でしょう。」
”まあそうではあるが・・・”

4桁の買い物をして、私が数字の右半分つまり金額にしたら何十何円を負担したのだ。小銭がその金額に足りなかったので私が出してあげた。
それで半分出した、と吹聴するのでアタマに来たのだろう。

 今でも言う、”半分出してあげようか。"
「たったこれだけ出して半分と言うな~!」
でも知らない人が聴いたら、いい父親ね~と感心するだろう。
そう、私は感心される父親になりたいのだ。

 ただ金を持っていないので、娘に何かしてあげたいという心意気を示す為にあの手この手を考えている。娘よオヤジの気持ちを理解してくれよ。
娘は前のことに懲りてゼッタイに乗ってこない。

 一桁でいいから左側にして!と言われると、そんな法外な要求はダメだ。
無い袖は触れない。
ダメおやじは笑いながらこういう事をしているが、実際はキツイのだよ。
笑って誤魔化す意外に何かよい方法はある?
# by nesu-pa | 2006-04-20 16:15 | Trackback | Comments(0)

娘との攻防

末娘は嫁いで今は家にいない、いた頃は毎日がバトルだった。
例えば、娘は眼鏡なのでたま~に眼鏡屋で緩んだフレームの調整をしてもらう。
”そろそろ調整のためにメガネ屋に行くでしょう。”と問いかけると
「行かない」と言う。
”行くときは教えてネ、ついでに頼みたいことがあるから。"
「イヤ~だね」のひと言。
「百円メガネの調整なんか頼めるものか。」とのたまう。
親が行ききれないから頼むのに。

「ね~ね~あいさつに名刺交換は付き物でしょう。今さら名刺というのもナンだからこの際キャッシュカードの交換しない?」凄いアイディアでしょう、と娘に言う。
 と、即座に”ノーいやだ。”

「お前なー、父親がキャッシュカ-ドの交換をしようと言うているのだヨ。」
”だからイヤだと言うているの。"
さすが我が娘オヤジを知っている、特に経済状態を。
ザンネンながら私の作戦は失敗した。

まっフツーの家庭なら一家の主たるオヤジさんの申し出を娘、それも学生の身でありながらアリガタ~イ申し出、キャッシュカードの交換を蹴る娘はいないだろう。
然るに我が娘は一顧だにしないで即座に断った。
日ごろから良くオヤジを見ているので分かっているのだろう。

 またある日「チョット銀行まで行ってくれない、引き出しをおねがいしたいのだけど。」と頼む。
”いや~だネ。”とまた即座に断りの返事。
「お前な~、たったこの程度のこともやってくれないのか。親不孝ものメ」
”チョットだからイヤなの、大金、せめて4桁の金額を下ろすならともかく、カードで降ろせない細かい金額を窓口まで行って下ろせるか! ハズカシイ"

またしてもシッパイ、バイクのガソリン代の400円が無いので下ろしたかったのに・・・
「大人なら尚ハズカシイ、だから子供のお前に頼むのだ。」
”子供と言うな、小学生でもないのに、小学生でも行くものか。”

カネが無いのは寂しいね~、娘にもバカにされるし、オヤジの威厳もヘッタクレも無い。事実を事実として素直に受け入れているが、無い袖は振れないので振れるように知恵を絞っている。娘攻略は何時成功するのか未だ先は見えない。 # by nesu-pa | 2006-04-29 15:32 | Trackback |

思い出の詩

雑草
   雑草

 かれは生きる
 羅列して緑の素肌のままに
 強く生きる
 秋霜にも慄えず不撓の意志と
 天性のしなやかな反発力で
 かれは愉快に生きる
 かれは生きる 貪婪(どんらん)に生きる
 かれには陰気などさらさらない
 母なる大地の活源に
 相呼応しながら
 自らの友とスクラムを広げる
 天上の光に乱調子に生きる
 地底の露源に感謝しながら
 静かに生きる

 かれは自己の環境と峻烈に戦い
 自らの環境を自在に楽しみ
 日々充実の生を刻み続ける
 干天と強風と豪雨と
 朝露と夕焼けと満天の星座とともに
 かれは歌舞しながら生きる
 炎熱はかれを否応なしに苦しめる
 一滴の水が珠玉と映る渇きとの
 ひたすらな戦い
 嵐は俄然かれを抹殺しようと狂う
 しかしかれは地表に揺れ動きながら
 昂然と胸を張る
 驟雨はかれを洗い落とそうと攻めたてる
 前列も後列も浸(ひた)されながら
 熱怒せずかれはそれをはね返す

 試練という波が易しかろうがずがない
 生死をかけた忍耐の持続
 ただ不屈の反抗だけが全てを越えさせた
 旺盛なバイタリティーを漲(みなぎ)らす彼
 そして変わらぬ笑顔の彼

 砂漠さえ  かれには浜辺
 泥濘さえ  かれにはオアシス
 荒野こそ  かれが望む楽園

 やがて かれに訪れる
 安らぎのひととき
 朝露は優しく目覚めを呼びかけ
 小鳥は天空に鼓(つづみ)を打ち
 日のかがやきは草原に満つ
 紅の夕日はかれを彩(いろど)り
 地平の彼方へ別れを告げる
 一日の労働をほめたたえながら
 かれは端座して瞑想にかえる

 銀河の流れは天下りて
 夜毎にかれと夢を語り
 千変の歴史と万化の人生を
 無常薄幸と憂愁(うれ)うる

 かれは温室を知らない
 植木鉢の退屈も欲しない
 展覧会など眼中にない
 かれは観賞もされない
 摘まれもしない
 まして買われることもないだろう
 しかしかれは言う
 虚飾もそして人工も
 生きるという至上の価値からすれば
 それらは幻影にすぎぬと
 あの煩雑な保護も
 われには不要
 鶯は梅にまかせ
 月の宿るは松にまかせ
 春雨は柳にまかせる

 野生には野生の道がある
 みずからの手で開墾する
 青い生存の道
 喝采のない舞台で
 無償の乱舞と行進の美

 何と偉大な
 何と逞しい
 何と明るい

 流れる星を眺めつつ
 奔放に生きる
 本位の要素のままに

 群生の美
 土着の力
 随縁の智

 それは飾りなき  庶民の世界
 そして人間群の  共和の世界
 それこそ懐かしき 寂光の世界

 太古よりの天地に
 限りなく虹を追いながら
 地から湧きいづる
 生命の力
 かれはきょうも生きる
 苦行を忘れて
2004年05月31日 11時22分36秒

友人から、元気を出せ!と励ましの詩を貰いました。
いい詩です。

私は色眼鏡で見るので、創価学会臭さえ無ければもっと良いのに・・というところ。
▲ # by nesu-pa | 2005-08-02 09:24 | Trackback(1) | Comments(0)

 改めて末尾を見ると、最初の日付は2004年となっている、もう2年も前のことだったのか。
あの頃はカヤック造りに没頭していたな~
またカヤックを作ろう、旅から帰ってからしか手がけられないので、真夏になってからか。そろそろ具体化しよう。

暗くなるまで待って

学ぶ、慣れるというのは難しいもので未だ写真のアップが出来ない。
マニュアルに書いてあるように操作しているツモリだがデキナイ。またトライしてみます。

 新しいものを書くのが億劫なので旧サイトから転載でお茶を濁しておきます。末尾の日付で書いた日が分かる、古いのは1年前に遡るものも出てくるでしょうが、ご容赦下さい。
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「暗くなるまで」はオードリー・ヘップバーンが盲目の役を演じた映画の題名でスリルがあり、特に最後の対決の場面でオトコがヘップバーンに飛び掛るシーンで思わずキャーっと叫びだすのは女の子だけでは無いだろう。
 製作がメルファーラーとなっている、「戦争と平和」で競演して後に結婚した人ではなかろうか。
 
 さて本日のお題は、暗くなるまで待ってではなく”わたしがいくまでまって!”です。
 先日又もパートナーの女性から不満そうに言われた”わたしがいくまでまって!”と。
私は「すみません、どうも堪えきれずについ持ちこたえきれなかった。」と謝りまた女性の腰に手を当てた。
続けると”まだよ、まだヨ”と言われながらもダメだ。
ムツカシイものだ。アタマでは分かっていても身体がついていかない。

この言葉を言われたのは3回目だ、いつも謝るだけです。腰の使い方が悪いのか立ち続けられずについ崩れてしまう。イチ・ニッ・サンではなくてイチ・ニィ~サンと足を運ばねばならない。
そのタイミングというか、伸び上がりが足りないのか女性に合わしきれない。

そのように言われるのはワルツのときが多い。
間を保つには正しい姿勢でないとグラつく、足でしっかり床を掴まないといけないと言われるが、靴を履いた足で掴むとはどういう事をいうのか理解できない。

 いくらウォーキング代わりに始めたダンスでも、踊るときは正しい姿勢、つまり美しい姿勢で踊りたい、でもなかなかタイミングや姿勢が安定しない。
 パートナーの女性が”わたしがいくまでまって!”と言うときの顔つきが微妙にはにかむような気がするのは私の邪推だろうか。
# by nesu-pa | 2006-03-16 21:15 | Trackback | Comments(0)

沖縄の壷体 国吉清尚展

沖縄の壷体 国吉清尚展

濱田庄司、金城次郎、加守田章二などが、高い評価を寄せた
沖縄現代陶芸作家・国吉清尚(くによし・せいしょう 1943~1999)の
作品を紹介する。
骨董の目利きである白洲正子や秦秀雄が愛でた初期の丸文土瓶から豪胆な晩年のオブジェにいたる代表作25
点をならべる初の回顧展。

場所:早稲田大学 會津八一記念博物館
会期:7月3日(月)~7月22日(土)
時間:10:00~17:00
休館:日曜・祝日

写真は、日経に載った小壷でした。
---早稲田大学 會津八一記念博物館カレンダーより転載---

創作の熱情で形を焼き上げ、炎に包まれてこの世を去った
セイショウ
たった一つだに作品を買えなかった、ごめん、

飄々とした風貌、語り口で大作家を笑い飛ばしていたのに
テメーが炎に焼かれてしまうなんて。
作品展を見に行きたいが、東京ではな~

続きを読む »

ある陶工

日本経済新聞 2005年4月15日

無垢の力 (10選) 4
早稲田大学教授 丹尾 安典

 海からひろってきたような小壷だった。その肌はガサガサで、まるで貝殻が付着しているみたいだった。すべらかな釉薬のかかった心地よい陶器の世界への安住を拒絶し、水底でずっと忍んできたかと思わせる表情。それは[焼き物]と呼ぶよりむしろ「焼かれ物」と呼びたくなる趣でもあり、ケロイド状の陶器とも見えた。作ったのは国吉清尚という沖縄の陶芸家だった。小壷はすでに作者の最後を予感していたのかもしれない。1999年、国吉は自らの身を焼き、55歳で死んだ。
 秦秀雄という骨董の目利きがいた。「珍堂」と号し、井伏鱒二の『珍品堂主人』のモデルともなっている。秦は1972年に、たまたま鹿児島で「大胆な、そして不適な面構えをしたどびん」と出会い、ぞっこん惚れ込んだ。まだ20代の国吉の作であった。
 沖縄の土が語りかけてくるところを、しかと肌にうけとめ、それを愚直に形の言語へと翻訳し、火炎の力をえて、定着させること。それが国吉の作陶原理だった。
 じつに目のきれいな男であったという。秦が評する如く、作風は大胆不敵であったが、その造形には、澄んだ海の悲哀にも比せられる痛みがいつも刻みこまれていた。
(写真の説明:1992-93年頃、口径2センチ 高さ6センチ、個人蔵)


国吉清尚年譜 (第2編・丹尾編)

1943年 (昭18)9月28日、国吉清健・シヅの長男として首里にて生誕。
1944年 (昭19)1歳 母と共に喜名に移る。
1945年 (昭20) 2歳
1946年 (昭21) 3歳
1947年 (昭22) 4歳 この頃、那覇にもどる。
1948年 (昭23) 5歳
1949年 (昭24) 6歳
1950年 (昭25) 7歳 真和志小学校入学
1951年 (昭26) 8歳 小学2年に進級
1952年 (昭27) 9歳 小学3年に進級
1953年 (昭28) 10歳 小学4年に進級
1954年 (昭29)11歳 小学5年に進級
1955年 (昭30) 12歳 小学6年に進級
1956年 (昭31) 13歳 小学校卒業。寄宮中学校に入学
1957年 (昭32 14歳 中学2年に進級。この頃空手をはじめる。
1958年 (昭33) 15歳 中学3年に進級
1959年 (昭34) 16歳 中学校卒業。那覇高校に入学。
1960年 (昭35) 17歳 高校2年に進級
1961年 (昭36) 18歳 第13回沖展(3月30日~4月3日)の絵画部ぶ入選、
           高校3年に進級。
1962年 (昭37) 19歳 高校卒業。東京に出て、赤羽の印鑑屋ぶ就職。
1963年 (昭38) 20歳
1964年 (昭39) 21歳 このころ沖縄にもどり、小橋川永昌のもとで陶器修行を開始。沖        縄の古陶の蒐集をはじめる。(?)
1965年 (昭40) 22歳
1966年 (昭41) 23歳 第18回沖展(3月30日~4月3日)の陶器部門に「陶枕」を出品し奨励賞を受賞。浜田庄司と知る。日本大学国文科入学し東京に出るが、ほとんど大学にはかよわず、益子に行き、陶器の修行。
1967年 (昭42) 24歳
1968年 (昭43) 25歳
1969年 (昭44) 26歳 沖縄にもどり読谷村に窯を開く。
1970年 (昭45) 27歳 安次富安子と結婚。
1971年 (昭46) 28歳 
1972年 (昭47) 29歳 5月12日、真由美誕生。
1973年 (昭48) 30歳 ハワイへ行く。
1974年 (昭49) 31歳
1975年 (昭50) 32歳 ハワイから戻る。(前年?)。山城時計店で安子と2人展開催。
           秦秀雄が『銀花』に国吉を取り上げる。
1976年 (昭51) 33歳 銀座黒田陶園でオブジェ「渚シリーズ」展開催。
1977年 (昭52) 34歳 銀座黒田陶園でオブジェ展開催。
1978年 (昭53) 35歳 
1979年 (昭54) 36歳
1980年 (昭55) 37歳 安子と離婚。
1981年 (昭56) 38歳 5月、銀座黒田陶園で個展。
1982年 (昭57) 39歳 
1983年 (昭58) 40歳
1984年 (昭59) 41歳 5月、国際通り観宝堂二階「ギャラリー観」にて「国吉清尚茶碗展」開催
1985年 (昭60) 42歳
1986年 (昭61) 43歳 黒田陶園で「第4回 国吉清尚作陶展」(10月14日~31日)
           クレイトン・天宮(雨宮?)のためにハワイで穴釜を築く。
1987年 (昭62) 44歳 青砂工芸館で「炎のはぐぐむ器 国吉清尚展作陶展」(9月28日~10月11日)。
1988年 (昭63) 45歳 青砂工芸館で「珊瑚礁の器 国吉清尚作陶展」(10月14日~22日)1989年 (昭64/塀) 46歳 10月、「国吉清尚作陶展ー白い土の幻想」(10月20日~29日 青砂工芸館)
1990年 ( 平2)47歳 4月、国吉清尚作陶展(4月16日~23日) ギャラリー黒砂糖)。5月、「国吉清尚花器展」(5月29日~6月3日ギャラリーみやぎ)
1991年 ( 平3)48歳 
1992年 ( 平4)49歳 リウボウ4階美術サロンで「今・沖縄の陶芸 伝統と創造の六人展」(3月31日~4月13日 参加作家、大嶺実清・金城敏男・国吉清尚・上江洲茂生・山田真萬・島袋常秀)。「ギャラリー1956」で「僕はモットツヨクナリタイ 国吉清尚黒陶展 華器 武器 秘器」開催(8月8日~12日)。
1993年 ( 平5) 50歳
1994年 ( 平6) 51歳
1995年 ( 平7) 52歳
1996年 ( 平8) 53歳 「国吉清尚酒器展」(1月19日~25日、大見屋・ギャラリーAKIBEYAⅡ)。
1997年 ( 平9) 54歳 国吉清尚 華器・食器展」(4月15日~27日 D's Gallery)。
1998年 (平10)  55歳 5月、朝日新聞社主宰「朝日現代クラフト展」(5月・阪急百貨店うめだ本店、6月有楽町阪急)に参加。6月ー7月「国吉清尚華器展」(壺屋焼物博物館)、「国吉清尚酒器展 PartⅡ」(6月29日~7月6日 大見屋・ギャラリーAKIBEYAⅡ)。1999年 (平11) 56歳 「国吉清尚 華器・酒器展 世紀の卵シリーズ」(1月26日~2月7日、D's Gallery)。
            5月10日死去。 法号「隆生院法清尚徳信士」  
------------------
国吉清尚さんの作品を持っている。
作品といえるかどうかはぎもんもあるが・・・・・

じつは・・・勝手に持って帰ったもので、それも未完の作です。
彼の窯が道路拡張のために取り壊されることになった、廃屋と化した工房に忍び込むと
残っているモノがある、遺族にって打ち捨てられたものと解して記念に頂いてきた。

釉薬はかかっているが窯に入る前の壷、形色がおもしろい。
本人は気に入らなかったので窯に入れなかったのだろうか。
猪口は酒を飲ませていただきます。

笑って許してください、煙と共に登っていった清尚さん。 ▲ # by nesu-pa | 2005-08-04 11:16 | Trackback | Comments(0)



健康シェイプアップ講座

 健康シェイプアップ教室に通いはじめてもう半年になる。受講生に来期の先行予約が始まった、当分は続けるつもりなので申し込んでおこう。

 教室では、ウォーキングか自転車漕ぎから始まり器具を使った筋力トレーニングに移りまたウォーキングかバイクで終わる。もちろん始める前と終了時のストレッチは充分にやる。
ストレッチは伸ばす筋肉を意識して行なうと言われるも、なかなかその筋肉に利くような動きポーズがとれない。ア~でもないコーでも無いと自分で試行錯誤しトレーナーの指示を受けてそれらしき運動が出来るようになるまで随分時間が掛かった。
ダンスもそうだが身体を使うもの全てに覚えが悪い。いわゆる体得するのに時間が掛かる、素直に先生の言う事を聞いているツモリだが出来ない。ア~でもないコーでも無いとやっているうちに本分・目的を歪曲して間違った方法が身に付き修正するのにこれまた時間を要する。

 器具を使う運動は筋力アップを目的にしているので負荷が弱いように思えて時々勝手に負荷量を増やす。その時はこんなのヘッチャラだと内心カンタン簡単、運動の成果が現れたと思うが翌日その効果(?)が筋肉痛となる。やはりトレーナーはそれなりに観察して運動量を決めているのだ。

 運動する、トレーニングをするということは汗を流す、疲労を感じることと錯覚している面があって、運動終了時に汗もかかず肉体疲労を覚えなければ運動の成果が無いように感じる。これがイチバンいけない事のようだ。
長年怠惰に過ごし肉体が衰えてから慌てて強化に乗り出し直ぐ筋骨隆々たる肉体に変造しようというのがムリというもの。でも分かっていても器具に向かうとムラムラといけない事が頭をもたげてくる。

 みんながミットモナイと口をそろえる我が腹回り、臍の位置に土星の輪を回したようなものがくっ付いている。個人的にはこれは筋肉予備軍だと思っている、思わにゃいられない。その筋肉予備軍はいつの日か筋肉になるのだろうか。

 このところ仕事が忙しくてトレーニングへ行けない日が続いている。平日の昼間からそのような場所に通えるわけが無いが、年からするともうその年齢になってしまった。年は該当するが収入が該当しないので仕事をしなければならない。
仕事はけっこう肉体を使うので、仕事を毎日マジメにすると教室に通う必要は無い、なんかオカシナ話になっている。
そんなのにカネと時間を使わずマジメに仕事に励めという事か。(笑)

詩/レミング

詩/レミングは作者キタノさんの許可を得て転載します。
この詩が好きだからです。最後の日付を見たら分かるように昨年別のブログに載せたものです、残しておきたいログをこれからもここに移転転載します。
   ------------
http://zirr.hp.infoseek.co.jp/020372.html
http://zirr.hp.infoseek.co.jp/020372.html
走る者たちに捧げる


みんなが世界の涯に向う時
私は泥酔していたの
だから私一人とりのこされた
とても辛くて悲しかったわ。
だけど、だから生き残ったの

生きる幸せと死ぬ幸せ、どちらが幸せなのかしら?
酔っているからわからないわ

でもホントは水を飲んで酔ったフリをしていただけなの

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
となりで走っていたレミングに
なぜ走るのかって聞いてみたわ

「みんなが走っているからに決まっているじゃない!」

わたしがみんなと走っていたとき
となりで走っていたレミングに聞いてみたの
どこに向って走っているのって

「みんなが向っている方に決まっているじゃない!」

───────────

なぜ走ったのかって?
みんなが走っているからよ
みんなが走っているから
わたしも走る
みんなが走っているから
わたしも走らなればならない
みんなが走っているから
わたしも走りたい

でも わからないことが
ひとつだけあるの
最初に走りはじめたレミングは
誰なのかしら?
最初に走りはじめたレミングは
なぜ走りはじめたのかしら?

もしかしたら
最初に走り始めたレミングは
いまごろ家でゆっくり
酒でも飲んでいるのかもね

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
みんなは安心していたの
みんなといっしょに走っているということに
みんなは安心していたの

わたしもみんなと走っていたとき
なにも不安は無かったわ
とても安心だと思えたの
とても安全だと感じたわ

でも 不安がないことに不安を感じたの
完全な安心とか完全な安全って
ほんとに安心安全なのかしら

不安がないことに不安を感じていたれど
わたしは走り続けたの
その不安も無くなるんじゃないかと思って走ったの

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
まえを走っていた一匹のレミングが
俺が一番走るのが早いと叫んでいたわ
そしたらとなりで走っていたレミングが
俺の方が走るのが早いと叫んで
猛烈に走り始めたの

みんなが 俺の方が走るのが早い
俺が早い いや俺の方だと競争になったわ

みんなの走る速さは
どんどんどんどん早くなっていったの

どんどんどんどん早くなっていったの

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
一匹の老いたレミングが少しずつ
走っているみんなから遅れはじめたの

老いたレミングのことを
レミングたちはノロマと罵ったわ
そしたらもう一匹のレミングもノロマと罵ったの
そしてみんなが老いたレミングを見て
ノロマノロマと叫びはじめたわ
ノロマノロマと叫びながらみんなは走っていたの

老いたレミングは少しずつ少しずつ遅れて
すこしずつ集団から離れて
いつのまにか消えていなくなったの

みんなは老いたレミングがいなくなったことをとても喜んでいたわ
みんなは走りながら
ノロマが死んだよ万歳と叫びながら
走りつづけたの

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
マエを走っていた若い一匹のレミングが
とつぜんウシロを振り向いたの
マエを走っていた若い一匹のレミングは
ウシロを見てとても驚いていたわ

マエを走っていた若い一匹のレミングは
ウシロを振り向きながら走っていたから
足もとの小石につまずいて転んだの
みんな マエに向って必死で走っていたから
転んだ若いレミングに気がつかなかったの
若いレミングは走っていたレミングたちに
踏みつぶされて死んだわ

マエだけを見て走っていたみんなは
ウシロをふりむいたレミングの自業自得だと叫んでいたわ

自業自得だ前を見ろ
死にたくなれば前を見ろ
かしこいレミングは前を見ろ
死にたくなれば前を見ろ

若いレミングは
なぜウシロを振り向いたのかしら?
若いレミングはウシロを見たとき
なぜ驚いていたのかしら?

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
いっしょに走っていたレミングが
このまま走れば空だって飛べる
って言っていたわ
そして走っていたレミングたちはみんな
このまま走れば空を飛べると信じていたの

羽も無いのになぜ空を飛べるのかしら?
レミングが空を飛べるわけないじゃない!
そう思ったけれどその疑問はとても言えない雰囲気だったわ
だってみんな空を飛べると信じて走っていたんですもの
もし疑ったらいままで走ってきたことが
ムダになってしまうじゃない

ほんとはみんな誰も
空を飛べるだなんて信じていなかったの
それでもみんなは走ったの
ホントはいままで走ってきたことがムダになることが怖いから
空だって飛べるだなんて言っていたのかもしれない

───────────

わたしがみんなと走っていたとき
大きな海の波の音が聞えてきたの

ざぶーん どどーん
それはとても大きな海の波の音だったわ

ざぶーん どどーん
ざぶーん どどーん

そうしたら先頭を走っていたレミングが
空だ!飛ぶぞ!飛ぶぞ!
と叫んだの
そして走っていたみんなも
空だ!飛ぶぞ!飛ぶぞ!
と叫んだわ
空だ!飛ぶぞ!飛ぶぞ!
の大合唱になって
みんなは走りつづけたの

そしてレミングたちはほんとうに空を飛んだの
高い高い崖から飛んだの

空を飛んで海と空が一つになったわ
ざぶーん どどーん
それから・・・
そして・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

───────────

「お母さん? どうしたの?」

私は子どもに揺り動かされて眠りから覚めた。

「・・・・あ、ごめんなさい。ちょっと寝ちゃったわ」
「・・・・・」
「どうしたの?」
「あのね、さっき海岸に行ったの」
「海岸? あの崖のあるところ?」
「うん。海にね、
海にいっぱい、レミングの死体が浮かんでいたよ」

私は子どもを抱きしめて言った。

「大丈夫。
あなたはレミングじゃないわ。
レミングたちは空を飛びたかったの。
でもそれがレミングたちにとって本当の幸せかはわからない。
わたしたちは人間だから、
ひとりひとりが違う道を行くの。
あなたもあなたの道を行くのよ。
立ち止まっても、
引き返して別な道を歩いてもかまわないの。
あなたの道はあなた自身で決めるの。
それがあなたの人生。
それがあなたの幸せなのよ」

子どもはうなづいてそっと私を抱きしめた。
▲ # by nesu-pa | 2005-08-15 07:38 | Trackback | Comments(0)

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