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同期会


 先日中学の同期会があった。あのような会合は気が進まないけど、妻が言うにはどんどんアチラの世界に逝く年齢なのだから会っておくのも悪くないとのこと。会場で一瞬「おい老人会があるのか」と言いたくなる風貌の人が少なくない。そうか俺もこの年になったのだと思うも納得し難い。
一昨年「口も麻痺したら良かったのに」と笑った車椅子のヤツは来ていなかった。中には二度倒れたから良くなったと明るく言うヤツもいる。中学と高校を比較すると、数字の裏付けは無いけどどうも中学の方が早死にしている感じがする。高校進学率が50%を割ったかもしれない同期生だから職業・生活スタイルの差が現れたのだろう、あくまでも私の印象です。

 同期会での話題はいろいろあるけど特筆すべきは、既に曾孫がいる同期生がいることだ。私たちと比べると一世代違うことになる、彼は一世代長生きしたことになるのか。少なくとも彼の家族においては他家と比べて一世代長生きしたことになるだろう。トーカチの頃には玄孫の顔を見る可能性大だ、う~ん・・・。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

Le Deserteur

Le Deserteur               

Boris Vian, 1954

Monsieur le President,        deserteur:脱走兵
Je vous fais une lettre         fais=faire:する、なす、行う、作る
Que vous lirez peut-etre       lirz=lire:読む
Si vous avez le temps.       peut-etre:たぶん  
                      temps:暇、余裕

------------------------
http://oznik.com/art/refusenik_song_01mus/Boris%20Vian_Le_d%E9serteur.mp3クリックすると曲が流れます。

上記歌詞全文が読めます。
http://oznik.com/art/refusenik_song_01.htm
日本語訳が読みたい方は
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/boris_vian.html---------------------------
何処かのサイトでこの曲を知り読み、と言いたいところだが眺めて歌を聴いた。
胸に染みる声だ。
歌を聞いているうちにもっと意味を知りたくなりました。
日本語歌詞があるのにフランス語を直接知りたいと言う欲求が出てきた。

訳文を読み原文のフランス語を曲とともに追っていくと15%ほど分かる感じがした。
Monsieur le President、これはMr.President 大統領閣下だな、
Jeこの程度は覚えている、vousこれも、fais・・これは何だろう。
lettre、訳文と雰囲気から手紙だ、lirez・・原型は何か、Siはあまり気にしなかった。しかし後で、
Si un jour je morrai dans la montagne,
  若しかある日山で死んだら
  古い山の友よ 伝えてくれ・・・
と口ずさんだ山の歌の最初の文句であるのを思い出した。
Si ”若し”だ!

この上記の一行を文字にするのに実はタイヘンな苦労があったのです。
辞書を引きひきスペルを確認し、動詞の変化を探し出すという作業です。  
山の詩もこの一行しか知りません。できることなら全文を見つけたいものです。

フランス語を調べたい想いで辞書を探すが、学生時代に使った辞書は何処にあるのか、ないのか分からない。
嫁いだ娘が使ったポケット版があるが、フランス語の場合は動詞の変化が数多いので
それほど役に立たないと思って図書館へ出かけた。

厚さが15cmはある辞典で単語を片っ端から引く。
この単語は知っていると思っているものでも後で引きなおすと、違っているのが出てきた。
vole mon ame 訳文を読んだはずなのに、ame(魂) をami(友)と勘違いしていた、
最後の最後に確かめて判明した。薄っぺらな知識に頼ってはダメだといつも考えているのに同じ過ちを繰り返している私です。

日本語訳を読んでいるので、その訳に合うような言葉を選ぼうとします。
若し訳されたものを読んでいなかったら、さっぱり意味不明な箇所がたくさん出たことでしょう。
カンニングしたとは言え辞書を引くときは楽しかったです。
自分のフランス語の力に感心したり、寒心したり、若い頃を思い出しながらの楽しいひと時でした。

動詞の原型をさがすのがむつかしかった。見当をつけて辞書を引いてもピンとこない単語が出てくる。pourrontがpouvoirであると分かるのに二日掛かった。
当初はpourront=pourrir:崩壊する、腐れると訳していたが、なんとなく変だと思い調べなおしたら、pouvoirにたどり着いた。

フランス語の場合は、本や辞書の後ろ側に「動詞の変化表」が付いているので、そこから似たような変化をしている単語を見つけて辞書に当たる作業をした結果、正しいであろう単語にめぐり合ったのです。
訳文を読んでいなかったら意訳どころか違訳、異訳で意味不明になっていたことでしょう。
▲ # by nesu-pa | 2005-08-01

スクヲッター

 つい2~3ヶ月前まであるサイトの掲示板にスクヲッター生活をしていた。スクヲッター生活とは、管理人がサイトの運営を放棄しているが、掲示板だけは生きている状態のことを指しているのです、この件では。

 何かの拍子にコンテンツが吹っ飛んだようだ、いずれ修復するとの予告もあったが仕事が忙しくなったのだろう、そのまま放置状態が続いた。
掲示板は何処かの借り物だろうから吹っ飛ぶ事は無かった、しかし管理しないので訪問者が減りここも放置状態になってしまった。

 私は数年前この掲示板の常連に仲間入りしそうな頃、私の発言にクレームが付けられた、その時は私が謝って納めた。暫らくして又問題発言をしたようだ、私は問題と思っていないので反論した。其れに対して常連さんが管理人の判断を仰いだところ、私の負けの判定が出た。

 政治的な発言だったので私は引く事ができずに、この掲示板を出る羽目になった。2~3年経って再訪したら元気の無い場所になっている。投稿再開したときにコンテンツが吹っ飛ぶアクシデントが発生したのだ。

 管理人はヤル気をなくしたようだ。私は勝手に掲示板に書き込みを続けた、あたかも自分のモノのように。1年余私一人で書き込み続けた。

 私も自分のグチを吐き出す場所を探していたところだったのでその場を重宝した。
ある時管理人が気づき、全面閉鎖をするとの通告を受けた。

3週間ほどして通告どおり閉鎖された。
勿体無かった、私の場が無くなった、ザンネンだった。
他人の掲示板を我が物顔で使うのも楽しかった。カウンターを見るとほんの僅かだが訪問者もいた。その人たちはどういう風に思ったのだろうか。

閉鎖されて自分の想いを吐き出す場が無くなったのでブログ開設したのです。
今ではスクヲッターでは無くちゃんとしたオーナーになった。
でもスクヲッター生活は楽しかった、場所を提供(?)して下さった管理人にお礼を申し上げます ▲ # by nesu-pa | 2005-09-30 22:17 | Trackback | Comments(0)
あそび

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「100円ショップ大実験」 削除
名前:** 誠*  投稿日: 2005年09月28日 (水) 22時54分55秒
「100円ショップ大実験」
http://www.so-net.ne.jp/jikken/

上記サイトでは、題名どおり100円ショップで購入できる品々で簡単な
面白実験をするアイデアが紹介されている。

二つの風船を用意して、一方は大量に空気を入れ、もう一方には少しだけ
空気を入れた状態で両方の口をストローにつなぐと、どうなるか?
という実験の紹介があった。

子どもをお持ちの方は、お子さんと一緒に試してみるといいでしょう。

名前: **誠*  投稿日:2005年09月28日 (水) 23時25分07秒 削除
数字遊びが好きな人には、こんなのがお勧め!

「数学パズルの道」
http://www2.oninet.ne.jp/mazra/math.htm
----------
という掲示板の書き込みを見て少しだけ挑戦してみた。
いや~っムツカシイ、得意科目というものは無かったが、その中でも数学は得意ではなかった。
でも数学はある種おもしろいものではある、学問とか成績を別にすればある程度の数学の知識は仕事でも使うし、考えたり方法を模索するときには有用なものである。

 できなくても問題を見て閃けばチョット考える。暫らく考えても分からないときは捨てて次に移るか、そのサイトを閉じる。まあ軽い気持ちで向かう事にしている。

 33の8乗 と 2の38乗 とでは、どちらが大きい数でしょうか。
という問題がある。

そんなの計算機でもマチガイを犯しそう、
簡便方として、33は2の5乗より少しだけ大きい、(2の5乗は32)
33の8乗とは 2の13乗より少し大きい、だから2の38乗が大きいのではないかと思う。
この考え方が合っているかどうか知らない、違うと思う方は教えて!

でも出題者の意図する答とは違う気がする、だってスマートさが無い。(笑)

▲ # by nesu-pa | 2005-09-29 14:54 | Trackback | Comments(1)

妄想 つづき

----------
 皆さん、ご存知の通り、この「きっこの日記」は、きちんとマトメれば遥かに短く収まる内容を無意味にダラダラと長く書くことが特徴のひとつだ
  ----きっこのブログ 2006.05.27  タマにはこんな日も----

 そうそう全く私の心境と同じ、やった~「きっこ」と同じだ~。
私は文を書くのが下手で何とか上手くなりたいと、友人に問いかけアドバイスを受けたり、そのことの本を読んだりと努力してきたツモリだが、持ち合わせたアタマ・その構造に規定されてこの通りの文しか書けない。
それでも書きたいという欲求があるので書く。もう開き直りしかない。
ではお題を続けましょう。

 このところ社会保険庁の数字のトリックを使った見せ掛けだけの向上がマスコミを賑わせている。
 昨日琉球新報を見ると、沖縄県でも7万2千件あったらしい、沖縄から統計数字を見るときは百を思い浮かべればいい。だいたい全国の百分の一と見ればいい。そこで全国の数字は・・・と見ると、7万5千件とある、アレッ見間違いかと沖縄分を見直したが合っている、オキナワは頑張ったのか、未だ全国の統計が揃っていないのでこういう数字になったのか、オキナワが全国の十分の一を占めている。
妄想が始まった。

 こういうのは褒められた話ではない、マズイ数字は十分の一で本来なら四十七分の一になりたい数字は百分の一である。ウチナーンチュの誇り意識の問題だ。
統計数字はそれの取り方・受け取り方の問題もあるがある程度の傾向が分かる。オキナワの免除数が多いのは所得の低さに起因するのも大きいだろう、しかし保険事務所の職員の意識の問題も大きいのでは・・・と考えてしまう。
 かつて教育庁の日の丸君が代の押し付け率が全国で上位にランクされた事もある。何故このようなことが起きるの? 報道は単に数字を挙げるだけで沖縄の数字がもつ意味を解説しない。疑問を持つのは私だけなのか。

 ウチナーンチュの一人として恥ずかしいので言いたくは無いが、ウチナーンチュの自分のアタマで判断しないで上の指導に唯々諾々と従う歪んだ根性の成せる業だと私は考えている。

 ウチナーのテーゲー主義は何処に行ったの?
やるべき事はテーゲーでお上からのお達しには無批判で権威を振りかざしてでも率先垂範する、どういうことか!。
ウチナーンチュ気質とは何なのか。チャンプルー文化という、アレコレまぜこぜにして美味しいものだけ摘まむということか。本来のチャンプルーは全てを食べつくさねばならないでしょうに。シシ小だけ除けてお上に差し出して機嫌を取ろうとしているのか。
このように見える行為を私は腹立たしく見ている。

 書きながらワジワジーしてきたので、つづくとしておこう。

「君が代」

■「君が代」の替え歌 歌詞と訳
 【詞】
 Kiss me, girl, your old one.
 Till you’re near, it is years till you’re near.
 Sounds of the dead will she know?
 She wants all told, now retained,for, cold caves know the moon’s seeing the mad and dead.
 【訳】
 私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。
 おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来てくれるまで。
 死者たちの声を知ってくれるのかい。
 すべてが語られ、今、心にとどめておくことを望んでくれるんだね。
 だって、そうだよね。冷たい洞窟(どうくつ)は知っているんだからね。
 お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるってことを。

いつも覗いているサイトで知った、産経新聞が報じたらしい。
なかなかいい事をするじゃない、サンケイさん。
これからもこういうタメになることをどしどし報じてください。

いつの日かオリンピックを始め国際大会で
観客の外国人が日の丸が揚がるのをみながら口ずさむ日が来るのだろうか。

 強制はしません、と答弁した国歌国旗の法律が
大量の処分を持って押し付けられ、今教育基本法を変えて愛国心を盛り込む。
ニッポン国が目指しているところが透けてどころか大っぴらに見えてきた。
その方向に浮かれたまま突き進む国民の姿を見ると
ヤケになって、
え~じゃないかエ~ジャナイカよいよいヨイッ
と踊り狂うお伊勢参りのようだ。

行き先は伊勢ではなく、ヤスクニだけど。

追記
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/kissme/MadDead.mp3

ここで歌が聞ける。
物憂げなロックという感じだった。

妄想

 インスピレーション、ひらめきは妄想に通じるものがある。
妄想と書いたが内心は「正しい分析」と思っているフシがある、自分がこれまで仕入れてきた情報や培ってきた知性を駆使し一瞬の内に判断するのをインスピレーションというのだから自分では分析と思っている、しかも正しい分析だと。

 しかしその見方を大っぴらに発言すると顰蹙をかうのが多いと思われるので大声では言えない。批判に耐えられるほどの理論化や客観化が自分の知識ではできないからだ。でも、この「でも」という言葉はボクの悪いクセらしい、素直さが無いとよく言われる、”アヤマチ失敗を認めなさい”と度々言われた経験がある、そして”言い訳ではなく説明しなさい"とも言われる。
私の説明が言い訳に聞こえるらしい、ホントのところ言い訳と説明の違いを私は使い分けができていない、(と思われる。)
この辺りの話しはテーマではないのでひとまず置いといて本筋に行こう。

 スイス旅行したとき、ルチェルンの街を発っ美しい景色を眺めていた、絵にあるような小さな集落、木造家屋が並び窓辺や通りに咲き乱れる草花、これがスイスだとワクワクしながらそれを楽しんでいた。ところどころに赤いスイス国旗が見える、ある集落では半分近くの家に立っている。何かの記念日なのかと思ったが旗の立ち方並び方が祝祭日にしては不自然だ。毎日国旗を立てているのかな、愛国心が強い国なのだスイスは、と思った。後日国旗が立っている家は飲食物を提供しているというサインと教えられた。
スイスについてはその程度の知識しか持っていなかった。

 そこで本題に入るが、汽車は畑の多い地域から次第に山に登り始める、それにつれて畑、田園風景が牧場・牧草地へと変わってきた。車窓から牧場の様子を眺めているが牛の姿は見えず刈り入れ風景しか目に入らない。暫らく進むと牧草地に水を撒いている光景が目に入った。口径が20cmほどのパイプがから100mも水を飛ばしている。またホースに開いた無数の穴から水のカーテンが上がっている、通常見かけるスプリンクラーもある。牧草に水を撒いているなんて想像だにしなかった。放牧は草のある地へ牛を移動させていると思っていた。

 しかしスイスでは違ったのだ、スイスの牧草地は畑だったのだ、と私は知った。牧草は牛の主食なので牧草の生産量が飼育頭数を規定する、「上部構造は下部構造が規定する」のだから牧草は大切なものなのだ、草では無いのだ。

 車窓から見えた牧草地への水撒きから私のスイスの分析が始まった。夏の初めなので牛は山の方へ行っているのだろう、平地では冬のためにの牧草を刈り入れて保存し、二期目の牧草を生育させるのだろう。牛は山の中腹で生えている草を食べているうちに更に上の草が生えて、其処へ移動し今まで食べていた地域は秋までにはもう一回刈り取ることができるかもしれない。

 三段階に分けてそれぞれの土地を最大限有効利用するシステムが作られている。平地で、平地という表現は合っているか山なので裾野を指しているので平野ではない、その平地で働く人、中腹で牛の世話をする人、絞った牛乳を加工する人と集団作業・分担作業が行なわれているに違いないと私は確信した。
 封建農奴的な権力者がいて大勢の人間を働かせているというより村々の自治組織、協同組合的なものであろう。組合組織としての自治組織が村の運営・行政にも強い影響を持っているだろう。みんなが協力して牛を管理しなければ食っていけない地域なのだスイスは。出稼ぎも多い、バチカンの衛兵はスイスの若者だと中学生の頃の映画ニュースで見た覚えがある。基本的には貧しい国、みんなが協力し合わなければ食べていけない国だったのだ。
 個人が「家ぐぁー囲くえー」しては過ごせない、協力して生産力を高めなければ共倒れする厳しい地域なのだ。権力者の支配ではなくて自治組織でなければやっていけないモノがあるのだろう。

 牧草への水撒き風景からこのような事を感じた。検証していないのでホントかどうか正しいのかどうかは分からない。
このような視点を裏付ける風景はまだあった。レールが山際を走るとき崩落・雪崩防止のトンネルが作られている、谷側が柱だけのオープントンネルの屋根にも牧草が生えていた、ゴルフ場のグリーン以外は牧草のようだった。街中の線路の土手でも水撒き風景を見た。ありとあらゆるところが牧草地なのだ、軍用飛行場も然り。
全員が牛を飼うことに必死になっている様が窺われた。
水撒きから協同組合、自治組織とこの推論は当たらずとも遠からじでしょう。

 で、これからが本題である。
なぜこのように長々とスイスの事を書いたかというと、これから書くこともインスピレーションが働いたが妄想かも知れない、真剣に受け取るとイケナイよと言いたかったためです。

以下は後日書く予定です。

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